『ペッパー様、いらっしゃいました』
ジャーヴィスの声で玄関に向かったペッパーは、ドアの向こうに一人の美しい女性が立っているのを見てドアを開けた。。
「初めまして、スタークさん。メトラーです。今日からよろしくお願いします」
メトラーと名乗った赤毛の女性は、手を差し出すとにっこりと笑った。
双子を出産したペッパーだが、上の二人もまだ手が掛かり、てんてこ舞い。『自分がいない時は手伝うことができない。君一人で子供4人は大変だ』と、トニーは子守を雇ったのだ。
今までに子守の経験が数年あると言っていたメトラーだが、その言葉通り、彼女はあっという間に子供たちを心を通わせた。いや、通わせたように見えた。そしてテキパキと動き、控えめな態度の彼女に、ペッパーもトニーの目に狂いはなかったわね、と安心したのだ。だが一方で、どことなく自分に似ているその女性に、ペッパーは何故かは分からないが素直に喜べなかった。
数週間後。
その日、『たまには息抜きして来いよ』というトニーの言葉に甘えて、ペッパーは久しぶりに買い物に出かけていた。
夕方になり帰宅したペッパーだったが、夕食後トニーがラボへ降りて行くと、エストがコソコソと近づいてきた。
「ねぇ、ママ。メトラーさんね、今日、パパと仲良くお話ししてたよ?」
子守りなのだから、話をすることくらいあるだろうと思ったペッパーだが、エストは深刻な顔をしている。
「メトラーさんは、あなたたちの面倒を見てくれてるのよ?だからあなたたちのことでパパとお話してたんじゃないかしら?」
ペッパーの言葉に頬を膨らませたエストは、首を振った。
「ちがうの。あのね、ママ。メトラーさんね、パパのことが好きなんだよ。だからね、パパともっと仲良しになりたいんだって」
(トニーのことが好きで、仲良くなりたいって…それって…)
「何ですって!!」
思わず声を上げたペッパーに、お乳を飲んでいたルーカスは驚き泣き出した。
それに追い打ちを掛けるように、今度はエリオットの言葉が続く。
「メトラーさん、パパにチューしてたよ」
自分の発見を誇らしげに伝えたエリオットだが、エストは慌てて否定した。
「ちがうわよ、エリ。パパにキスしようとしたの。でもね、パパはダメだって。ペッパーがいるからそんなこ…と……。ママ?」
顔を真っ赤にしたペッパーは、腕の中で眠ってしまったルーカスを寝かせると、腹正しげにラボへと走って行った。
後に残された子供たち…特にエストは困り果てた。自分たちの発言のせいで、両親が喧嘩するのは目に見えている。
「ねーね、どうしよう…」
自分の発言で母親が激怒していると気付いたエリオットは、姉の服を掴んだ。
「エリのせいよ!ママ、すごくおこってる…。パパはぬれぎぬなのに…。きっとママ、パパとけんかになるわよ…」
小さな弟に文句を言っても仕方ない。泣き出しそうな弟の手を握ったエストは、そっと母親の後をついてラボへと向かった。
「アンソニー・エドワード!!!!」
フルネームで呼ぶ時は、妻がとてつもなく怒っていると知っているトニーは、椅子の上で飛び上がった。
「ど、どうしたんだ?」
目を三角にしたペッパーが自分に向かって突進して来たのを見たトニーは、思わず姿勢を正した。
「あの女とキスしたの?!」
トニーの胸ぐらを掴んだペッパーは、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「あの女?誰のことだ?私がキスする女は君だけだ」
ペッパーが誰のことを言っているのか訳が分からないトニーは目を白黒させている。
きぃぃ!と金切り声を上げたペッパーは、ヒステリックに叫んだ。
「しらばくれないでよ!!!!!メトラーよ!あの女とキスしたんでしょ!!それとも何?もう自分のモノにしたの?!」
「はぁ?おい、ハニー。私が浮気したっていうのか?!」
「えぇ!そうよ!あの女と仲良くしてたんでしょ?!子供たちが見てたのよ!!!!!」
子供たちが何を見てたのか知らないが、どうして浮気したことになっているのか、見当もつかない。
だが、どうやらペッパーが留守の間に彼女と話していたこと、彼女がキスしようとしたことが原因なのだろうと分析したトニー。まだ泣きわめいているペッパーを腕の中に閉じ込めると、ぎゅっと抱きしめた。
「彼女と話していたことか?あれは理由があるんだ」
二人きりの時のように甘く低い声で囁かれたペッパーは、ピタリと動きを止めた。
「理由?」
妻の涙を拭ったトニーは、頬に優しく口づけした。
「確かに私はメイラーくんと話をしていた。君は毎日育児に追われている。もう少し君の負担を軽減できないかと、彼女に相談していた。ところが彼女は自分も話があると言ってきた。聞けば、私のことが好きだから抱いてくれと言うではないか。50を過ぎた4人の子持ちの男にだぞ?私もまだまだ捨てたものじゃないな。だが、君以外の女性とどうこうなろうなんて金輪際思っていない。きっぱりと断ったらメイラーくんはよろけたふりをしてキスをしようとしてきた。ペッパー、安心しろ。私の唇は死守したぞ!」
自分が採用したのに、さっきから『メイラー』と名前すら正確に覚えていないトニーに、ペッパーはクスっと笑った。
「やっと笑ってくれた。ハニー、私が愛しているのは君だけだ。もう何年も言っているが、それだけは変わらない。それに、彼女には辞めてもらった。仕事はできるが、君を不安にさせるような女性は必要ないからな」
ペッパーの頬を両手で包み込んだトニーは、鼻の頭にそっとキスをおとした。
柔らかく甘い感触に、先ほどまでのイライラした気持ちが、ペッパーはすぅっと晴れた気がした。
「トニー、ごめんなさい…。私ったら何年経っても…」
その続きを言うことはできなかった。なぜならトニーが唇を塞いでしまったから…。
キスをしながらトニーがチラリとドアに目をやると、ガラス越しにやけに不安げなエストとエリオットの姿が見えた。
(パパとママは大丈夫だ)
そう合図を送ると、顔を輝かせた二人は手を振り、階上へと上がって行った。
※Mettlerってサイコメトラーとかのメトラーなんでしょうけど、人名の方で…。