「だーだっ!」
頬に触れる柔らかな感触に目を開けると、目の前には大きな茶色の瞳をした愛くるしい顔。
「あれ…寝てたのか?」
キョロキョロと辺りを見回すと、小さなトニーは不満気に口を尖らせた。どうやら、膝の上にトニーを乗せて本を読んでいるうちに、うたた寝していたようだ。
大きく伸びをしながら時計を見ると、もうすぐ5時。育児の息抜きに買い物に行ったマリアも、もうすぐ帰ってくるだろう。
「よし、トニー。ママを迎えに行くか?」
頬を擽りながら問いかけると、賢い息子は手足をバタつかせ天使のような笑みを浮かべた。
トニーを抱き上げ玄関へ向かうと、スターク家の老執事であるジャーヴィスが飛び出して来た。
「ハワード様? どちらへ?」
彼からしてみれば、こんな夕方から護衛も付けずに…と言うところだろうと思い、
「散歩だ。男だけのとっておきの時間だよ」
と、とっておきのウインクまでしてみせたのだが…。
「左様でございますか。ですが、そんな薄着で行かれてはトニー様が風邪を引かれます。まだ一歳にも満たないのですよ? 熱でも出されれば、可愛そうなのはトニー様なのです。ハワード様、父親ならば健康管理もきちんとして下さい」
そう言いながら先日買ったばかりのフードを差し出したジャーヴィスの目は三角になっている。
「…そうだな…」
ジャーヴィスからフードを受け取ると、急いでトニーに着せた。街角の店で見つけたそのフードは、小さな茶色い尻尾と耳が付いている。可愛らしい小熊に変身したトニーに、周りにいた使用人から歓声が上がった。それに気付いたのだろう、トニーはニッコリと笑うと頭に付いている耳を引っ張った。小さな子供の一挙一動に翻弄される大人たち。特に女性陣からは絶大な人気を誇るトニーは、我が家のアイドルだ。…我が息子ながら恐ろしい。将来のことを考えると…いや、止そう。今はまだ子供なのだから…。
早く外に行こうと暴れるトニーを抱き直し、ドアを開けた。途端に冷たい風が吹き込み、思わず身震いした。
「ジャーヴィス、私のコー…」
振り返ったが、ジャーヴィスはおろか使用人の姿は誰一人いなかった。
「やれやれ、昔はみんな父さんに色目を使っていたのに…。今ではみんなお前に夢中だな」
鼻の頭を触ると、トニーは擽ったそうに声を上げて笑った。
庭には花が咲き始め、すっかり春の装いだ。
「あー」
「あれはマグノリアだ。綺麗だろ?」
庭を散歩しながら息子に自然の風景を教える…こんな日々が訪れるなんて、数年前には夢にも思っていなかった。そして誰も予想していなかっただろう。ハワード・スタークが息子を抱き上げ散歩する姿など…。昔の私が見れば、息子のおむつを替え、風呂に入れ添い寝する姿を笑うかもしれない。だが、妻を娶りそして子供に恵まれた今、私は昔の自分に言いたい。これこそが本当の幸せなんだと…。
トニーが指さす物の名前を教えているうちに、いつの間にか門の外まで来ていた。
「さぁ、トニー。ママはどっちから帰って来るだろうな?」
どちらへ向かおうかとキョロキョロしていると、後ろから愛しい声が聞こえてきた。
「トニー! ハワード!」
振り返ると、妻が手を振りながらこちらへ向かって来ている。
「トニー、ママが帰って来たぞ?」
母親の姿を見つけたトニーは、今日一番の笑顔を浮かべ、
「ぱぁぱ! まぁま!」
と言うと、小さな手を一生懸命動かした。
両手を広げ走ってきた妻と共に息子を抱きしめると、大切な物を守らなければという気持ちが改めて沸き起こってくる。この腕の中のモノだけは、私の命に代えても守ると…。
なぁ、トニー。お前は私の誇りだ。お前は私が生み出した最高のものなのだから…。いつかお前に伝えたい。父さんがお前を心の底から愛していると言うことを…。
※2013/11/16 MP20で置かせて頂いたペーパー用SS再掲。