33.Life

『おはようございます、トニー様…』
ジャーヴィスの声に目を開いたトニーは、隣にあるはずの温もりに手を伸ばした。
「ペッパー…」
目を閉じたまま隣で眠る女性を手繰り寄せたトニーだが、肌触りがいつもとは違うことに気付き目を開けた。

「お、おい!君は誰だ!!!」
隣に眠る女性はペッパーではなかった。見も知らぬ女性に驚いたトニーは、慌ててシーツを腰に巻き付けると、ベッドから飛び降りた。
「誰って…昨日は散々愛し合ったでしょ?」
トニーの叫び声に目を覚ました女性は、大欠伸をしながら起き上がると、トニーの唇にキスをした。一瞬何が起こったか理解出来なかったトニーだが、女性が自分の胸元に指を滑らせているのに気づくと真っ青になり、持っていたシーツを落としてしまった。

「わぁぁぁ!!!!」
家中に響き渡る悲鳴に、リビングにいたペッパーは飛び上がった。
「ぺ、ぺ、ペッパー!!!た、た、助けてくれ!!」
名前を叫びながら姿を現したのは、ボスであるトニー・スターク。
「おはようございます、社……。トニー!服を着て下さい!!」
素っ裸で飛び出して来たトニーに、顔を赤らめたペッパーは目を閉じ叫んだ。
「は、ハニー!何かがおかしいんだ!」
裸のまま喚くトニーに、ペッパーは近くにあったクッションを投げつけた。
「ハニーって…。社長、酔っているんですか?ふざけてないで早く支度をして下さい!飛行機が待っているんですよ!」
裸など見慣れているはずなのに、自分の方を見ようともしないペッパーに、トニーは何かがおかしいとようやく気付いた。
ペッパーがやけに若いのだ。いや、今でも十分若いのだが、目の前にいる彼女はまだ自分に『教育』されていない純粋さが残っているのだ。つまり自分がパーティー三昧な生活をしていた頃の『秘書』のペッパーだった。投げつけられたクッションで前を隠したトニーは、先ほどの彼女の言葉を繰り返した。
「支度をしろ?飛行機が待っている?」
確か今日は休日のはず。一日中ペッパーを可愛がろうと計画していたはずなのに…。
首を傾げているトニーに、ペッパーはため息をついた。
「アフガニスタンに視察に行かれるんですよ?大丈夫ですか?」
『アフガニスタン』と聞き、脳裏に蘇ったのはあの洞窟での日々。
慌てて身体を確認したが、左手にあるはずの誓いの指輪も、胸にある傷もないではないか。
「おい!今は何年だ!」
真っ青になったトニーは両手を振り上げ喚いたが、その拍子に隠していたクッションは落ちてしまった。真っ赤になり目を逸らしたペッパーから返ってきた答えにトニーは絶句した。というのも、告げられた日付はあの事件の起こる前だったのだから…。

行きたくないと喚くトニーを無理やり空港へ送り届けたペッパーだったが、その後も飛行機の中でトニーはローディ相手に何と帰ろうと奮闘し、その度にローディから連絡を受けたペッパーに仕事をしろと怒られたのだった。

そうは言っても、トニーも大人だ。あれだけ嫌がっていたのが嘘のようだが、現地に着いたトニーは黙々と仕事をこなしていった。だが、現地でのデモンストレーションを終え、車に乗り込もうとした時だった。あの時はローディが一緒に乗ろうと言ってくれたはずなのに、今回はさっさと別の車に乗り込もうとしていではないか。
「ろ、ろ、ローディ!!い、い、一緒に乗っていいか!!」
こういう時は一緒に乗りたがらないトニーがやけに慌てているのが気にはなったが、生憎別の車に乗る予定になっているのだ。
「すまんな、トニー。お前の車はあっちだ。後で会おう」
そう言うと、ローディの乗った車は走り去って行った。
後に残されたトニーは渋々指定された車に乗り込んだのだが、酒を勧められても兵士が一緒に写真を撮りたいと言っても、トニーは下を向いたまま喋ろうとしないではないか。微妙な空気が車内に漂う中、その時は来た。
爆発音、銃撃、そして兵士の叫び声…。耳を塞いでも聞こえてくる惨劇にトニーはギュッと目を閉じた。夢なら覚めてくれ…と。だが、いつまでたっても状況は変わらない。ここにいても危険だと判断したトニーは車から転がるように飛び出すと、闇雲に走った。とにかく安全な所へ避難しなければ…と。あの時は左の岩陰に向かってあんなのことになったのだから、今度は右側に…と走り出したトニーだが、足を撃たれた彼はその場に転倒した。
「くっ……」
袋脛を撃ち抜かれたせいで、立つことが出来ない。何とか近場の岩陰に身を潜めたトニーだったが…。

振り返るとミサイルが着弾していた。

あぁ…やはりこうなる運命なのか…。いや、これは避けられない運命なのだ…。なぜなら私は、アイアンマンだから…。

目を閉じたトニーは爆風に吹き飛ばされた……。

***
「…ニー……トニー…トニーったら!」
自分を呼ぶ声に目をゆっくりと開いたトニーは、一瞬自分がどこにいるのか理解できなかった。目をぱちくりしているトニーをペッパーは心配そうに見つめている。
「大丈夫?あなた、ベッドから落ちたの。悪い夢でも見てたのかしら。随分うなされていたから…」
そう言われたトニーは痛む頭を摩りながら起き上がったのだが、そこはアフガニスタンの荒野ではなくいつもの心地よい寝室だった。
「…夢だったか…」
ふうと息を吐いたトニーは額の汗を拭うと立ち上がった。
「そんなに酷い夢だったの?話してみる?」
あのクリスマスの事件の後、トニーは以前ほど悪夢に苛まされることはなくなっていた。だが時折こうやってうなされ目を覚ますことがあるので、少しでも彼の負担が軽減するようにとペッパーは話を聞くようにしていたのだ。
だが、今回はいつもと違うのだろうか。少し考えていたトニーだったが首を振った。
「いや、大丈夫だ。いつものような悪夢ではなかった。ただ、今こうして生きているのは理由があると前に言っただろ?あれは私の運命だったんだ。どう足掻いても必ずぶち当たる私の運命…。私がアイアンマンであるという運命なんだ…」
うなされていたのに清々しい表情をしているトニーは、笑みを浮かべるとペッパーを抱きしめた。
「それともう一つ。私の人生には君がそばにいることも運命なんだよ」
その途端、泣き出しそうな表情を一変し、笑顔になったペッパーは何度も頷くとトニーの胸元に顔を押し付けた。
心地よい鼓動を聞きながらペッパーも思った。
私が生きているのはあなたがいるからよ…と。

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