「トニー!!」
遠くで彼女の叫ぶ声がした。
それは不意打ちだった。
珍しく会議が長引き、彼女が待つ家に急いで帰る途中。
爆発音とともに身体中を揺さぶる衝撃。気がつくと私の見ていた世界は反転していた。
近づく罵声と足音。
頭の中では逃げろと警報がなり続けるが、指先一つ動かそうにも全身に激痛が走り、思うように動けない。
しっかりしろ、トニー・スターク。お前はこんな所でくたばるタマじゃないだろう!
やっとのことでつぶれた車から這い出すと、両手にヌルリとした感触を感じた。
慌てて腹部に手を当てると生温かい。後ろを振り返ると、自分が通った場所に朱色の道ができていた。
これはかなりヤバイ。
呼吸しようにも、口の中は鉄の味がし、うまく息が吸えない。
私の半永久的な心臓だけが正常に作動する中、思考回路は停止寸前。
そんな状況で浮かんできたのは、彼女の泣き顔。
また泣かせてしまうのか…
薄れゆく意識の中、聞き覚えのある声が聞こえた気がした…。
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「…ニー……トニー、トニー…」
右手に温もりを感じそっと目を開けると、目に涙をためたペッパーがいた。
繋がれた手をそっと握り返すと、彼女の大きな目から涙が次々と零れ落ちた。
「トニー!心配したんだから…あんなに血だらけで、意識もないし…どれだけ心配したと思ってるの?私、あなたがこのままいなくなってしまうんじゃないかって…」
そこまで一気にまくし立てると、ペッパーは顔を伏せて泣き出した。
「私たちが来なければ死んでいたぞ、スターク。」
気づけばキャプテンにソーにブルースにナターシャ…みんながいた。
「腕と脚と肋骨骨折、内臓に…えっとあとは何だ?…とにかく、お前よく生きてるなぁ!」
「さすがトニー・スターク」
「普通ならとっくに死んでるわよねー」
どうやら奇跡的に助かったらしい。
麻酔が残りまだボンヤリする頭で自分の身に起きた出来事を考えながらも、唯一無事な右手は無意識のうちに彼女の頭を撫でていた。
「ほら、あまり長居するとスタークが疲れるから…帰るぞ…」
気を利かせたのかドヤドヤと仲間が帰って行くのを横目で見届けると、まだうまく息ができず酸素マスクに頼っているせいで声が出ないのをもどかしく思いながら「ぺっぱー・・・」とくぐもった声をかけた。
「目が…赤いぞ…。私の…ための…涙か?」
以前死の淵から生還した時に彼女にかけた言葉。また使う羽目になるとはな…小さく笑うと全身が鋭い痛みが走り、呻き声をあげてしまった。
「大丈夫?」
私が顔をしかめたのを目ざとく見つけたペッパーが、優しく私の頭を撫でながら不安そうな視線を送ってきた。
「君が…キス…してくれたら…もっと…早く良くなるかも…」
彼女を安心させようと、少しおどけたように言うと、彼女は安堵のため息を小さくついた。
「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫そうね…。よかった…。トニー…お願いだから、気をつけてね…あなたはもう一人じゃないんだから…私…ううん…みんながいること、忘れないでね…」
そう言うと彼女は鼻をグスっとすすり、また俯いてしまった。
また泣かせてしまった…。
彼女の涙は私の心に小さな傷を作るんだ。
「…さっきの答え…」
「え?何?」
「さっきの答え…聞いてないぞ…ミス・ポッツ?」
話題を変えようと…いや実際は唇に潤いが欲しかっただけだが、もう一度キスをねだってみた。
「さっきのって、キスしたら元気になるって話?」
「あぁ…是非頼む」
顔を赤らめ恥ずかしそうにキョロキョロと周りを見回すと、「もう…」と言いながら頬に軽く口づけを1つ。
「そこではない…ここだ」
右手で酸素マスクを取り、唇を指差すと
「じゃあ…早く元気になって…家に帰りましょ…」
彼女の甘くて柔らかい口づけは、いつだって私のパワーの源なんだ…。
おいおい、ドアの外で気配がするぞ…。あいつら帰ってなかったのか…。
ったく、全く人の色恋沙汰を覗き見して、悪趣味な奴らだな…。
元気になったら…覚えていろよ…。
トニペパ。おそらく筆頭になって覗き見してるのはナターシャ