日曜日。
休日ということもあり、朝方まで愛し合っていた二人はまだ夢の中。
『トニー様、ペッパー様…。エスト様が目を覚まされました』
ジャーヴィスに起こされた二人は、眠い目をこすりながら起床。
「おい、ペッパー…」
ここでトニーは気づいた。腕の中のペッパーの体温がわずかだが高いことに。
「おはよう…トニー…」
身体中に散らばった紅い花を隠すようにシーツを手繰り寄せたペッパーに
「おはよう、ハニー」
と、トニーはキスをした。
「今日は動物園に行くって、この子ったら昨日から大はしゃぎよ」
朝ごはんを食べさせながらペッパーは
「パパ!ゾウちゃん、いる?」
と、スプーンを振り回してはしゃぐエストを楽しそうに見つめた。
「あぁ、何でもいるぞ」
とエストに微笑み返したトニーだが、先ほどから何も食べていないペッパーに気づいた。
「ペッパー?大丈夫か?体調が悪いなら…」
「大丈夫よ、トニー。心配しないで。寝不足かしら…食欲がないだけよ」
「それならいいが…」
トニーが何か言いかけたその時、トニーの電話が鳴った。
「スターク!アッセンボー!だ!」
と、スティーブからの緊急コール。
よりによって大事な娘と前から約束している日に…と思ったトニーだが、任務は任務だ。
「すまない…行かないと」
「仕方ないわ…」
トニーは椅子に座るエストと目線を合わせるように屈むと、頭を撫でた。
「エスト…ゴメンな。パパ、アイアンマンのお仕事だ…。動物園には行けなくなった…」
「イヤ!どぶちゅえん!いくの!!」
「パパもエストと動物園に行きたいんだけど…」
「エスト…。パパはお仕事なの…。そうよ、ママと先に行きましょ?パパにはお仕事が終わったら来てもらえばいいわ?」
「イヤ!パパとママといくの!」
ずっと楽しみにしていた動物園。それがいくら任務で行けなくなったと言われても、まだ小さいエストには関係ない。
エストの大きな目にはみるみるうちに涙が溢れ、やがて大きな声で泣き出した。
ビェーーーン!!!
泣き叫ぶ娘にトニーは困り顔。
約束は約束だ。いつも約束は守るように言って聞かせているのに、肝心の自分が守れないようでは…。
「困ったな…」
「トニー、行ってきて…。私が何とかするから…。みんな待ってるわよ…」
トニーの気持ちが痛いほど分かるペッパーは、トニーに行くよう促した。
「分かった!エスト。パパが帰ってきたら行こう。いいな?」
どうにかして娘の機嫌を直そうと必死なトニーは、戻ってきてからでもまだ間に合うだろうと思い言ってみたが、今すぐ行きたいエストは完全にへそを曲げてしまい、
「やなの!パパ!きらい!!」
と、そっぽを向いてしまった。
「ほら、トニー…早く行かないと…」
ペッパーに促され、渋々ラボへ行きアーマーを装着したトニーは、ペッパーに抱かれ見送りに出てきたエストの頭を撫でた。だが、エストは未だそっぽを向いたまま。いつもなら「いってらっちゃい」と頬にキスをして送り出してくれるのにな…。ため息をついたトニーは
「エスト、パパもさみしいけど…行ってくるよ」
と頭を撫でながら声をかけたが、エストは
「パパ!キライ!!あっちいって!」
とトニーの手を払いのけた。
「エスト!パパのこと嫌いだなんて!いい加減にしなさい!」
思わず声を荒げたペッパーにトニーは
「いいんだ、ペッパー。行ってくるよ…」
と、さみしそうな顔をしたトニーは、ペッパーにキスをして飛び立った。
「エスト…。パパは大事なお仕事なの。パパがアイアンマンで困っている人を助けてるの、知ってるでしょ?あなたもアイアンマン、大好きでしょ?」
ペッパーが話しかけても、ご立腹の娘は背中を向けてままごとで遊びだした。
「キライ!あいあんまん、キライ!!」
言い出したら聞かないところはトニーそっくりね…。とりあえず、トニーが帰ってくるまで待つしかないわね…。ため息をついたペッパーだが、急に吐き気に襲われ、口をおさえトイレに走った。
朝から熱っぽい。食欲もないし、あれも遅れてる…。もしかして…。
寝室へ戻り、もしかの時に買って置いた検査薬を出し、再びトイレに向かった。
「…ジャーヴィス…これって…」
恐る恐る検査薬を見ると…
『ペッパー様、おめでとうございます』
待ちに待った赤ちゃんが…。
「やったわ!!」
手を叩いて喜ぶペッパーに気を利かせたジャーヴィスが
『ペッパー様?トニー様にお知らせしましょうか?』
と、尋ねた。だが、
「私の口から言うわ。帰ってきたら驚かせたいの。だから、ジャーヴィスも協力してね」
と、ペッパーは嬉しそうにウインクした。
***
早く帰ってこないかしら…。
トニーが出かけてから6時間。
先ほどまで晴れていた空はいつの間にか暗雲がたちこめ、雷が鳴り始めた。
昼ごはんを食べ、嫌いだと言いながらもアイアンマンの人形を抱きしめていたエストは次第にウトウトし始めた。
「あら?眠たくなっちゃった?パパが帰ってきたら起こしてあげるから…」
ペッパーがエストをソファーに寝かせていると、外で物音がした。
『ペッパー様!トニー様が…』
ジャーヴィスが何か言いかけたが、ソーに引きずられるようにしてトニーが姿を現した。
顔面蒼白なトニーの全身は血で真っ赤に染まっており、トニーが通った後は朱色の道ができていた。
「トニー!!!」
目を見開き苦しそうに息をするトニーを床に寝かせたソーが、トニーに縋り付くペッパーの肩を揺さぶった。
「おい!リアクターの予備はあるか?!早くしないと…」
トニーの肩から腹部は鋭い刃物のようなもので深々と切り裂かれており、リアクターも破壊されていた。
「ま、待って…。予備のリアクター…。ど、どこかしら…」
気が動転して何も考えられないペッパーの手をトニーが掴んだ。
「ら、らぼ…。じ、じゃーびすに…」
「わ、分かったわ!すぐ取ってくるから!」
ペッパーは急いでラボへ向かった。
「おい!スターク!死ぬな!しっかりしろ!」
トニーの手を握り、ソーが必死に呼びかけるが、傷口からは血が止まることなく溢れ出ており、それに伴いトニーの呼吸はどんどんか弱くなっていた。
するとこの騒ぎに目を覚ましたエストが、目をこすりながら起き上がった。
キョロキョロと辺りを見回したエストは、トニーを見つけると
「パパ!」
と嬉しそうに近寄ろうとした。
だが、いつもなら手を広げ待ち構えてくれる父親は、起き上がろうとしない。
「…パパ?」
異様な雰囲気にエストがアイアンマンの人形を抱きしめ遠巻きに見ていると、ペッパーがリアクターを持って小走りに戻ってきた。
「トニー!これよね?!」
半分閉じかけていたトニーの目がそれを捉えた。頷いたトニーの破壊されたリアクターを外すと、ペッパーは予備のリアクターをはめた。
青白い光がトニーの胸元で光り始めたが出血は酷く、トニーの周りは血の海と化していた。
『ペッパー様、トニー様の傷は骨をえぐるほどかなり深く、肺と内臓を大きく損傷しています。今、救急車を呼びました』
ジャーヴィスの声も、だんだんと冷たくなっていくトニーの手を握りしめ必死に呼びかけるペッパーの耳には入っていない。
「トニー!しっかりして!お願い…頑張って…」
意識が朦朧し始めたトニーは、自分の手を握っているペッパーの手を弱々しく握り返した。
「ぺっぱー……すまない…。やくそく…まもれなくて…」
「大丈夫…大丈夫だから…」
トニーがふとペッパーの背後を見ると、エストが不安そうな顔で自分をじっと見つめていた。
目の前が霞みペッパーの顔が見えなくなり始めたトニーだが、エストの方へ手を伸ばし必死で微笑んでみせた。
「えすと…。ぱぱ…かえって…きた…。ごめんな…どうぶつ……いけな……」
ゴホゴホと咳き込み出したトニーは、口から鮮血を大量に吐き出した。
「トニー!トニー!!」
血に染まり苦しそうな父親と泣き叫ぶ母親を見たエスト。大好きなパパに何か大変なことが起こっていることを理解した彼女は、ゆっくりとトニーの方へ近づいた。
「パパ?」
ペッパーの背中越しに父親を見ると、目に涙を溜めた父親が苦しそうに微笑んだ。
(パパは…いなくなっちゃうの?あたしがキライって言ったからいなくなっちゃうの?)
エストの目から大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。
「えちゅと、パパ…だいちゅきよ。きらいじゃないの。パパ…ごめんちゃい…」
エストの言葉に、ほとんど閉じかけていたトニーの目が僅かに開き、涙が頬を零れ落ちた。
「えすと…。ぱぱも…だい…す…き…」
トニーが大きく息を吐くと、エストに向かって伸ばされていた腕が床に落ちた。
「トニー!!」
ペッパーの悲痛な声が響き渡る中、救急隊が到着した。
***
病院へ運ばれたトニー。呼吸も止まり意識もないが、半永久的なリアクターのおかげで、何とか命は繋いでいる状態だった。
切り裂かれた傷は思いのほか深く、それに加えての大量出血。
生死の境目を彷徨うトニーの手術は何時間にも及んだ。
手術室の前の廊下で、ペッパーは震えるエストを抱きしめていた。
「ママ…。パパ、いなくなるの?」
ペッパーに抱きつき、しゃくりあげるエストをペッパーはギュッと抱きしめた。
「大丈夫…パパはいなくならないわよ…」
「えちゅと…パパ、キライって…」
「…エスト。パパは…エストがパパのことキライになったって思ってないわよ…」
エストの目から溢れ出る涙をペッパーは拭き取ると、優しく頭を撫でた。
「ほんと?パパ、えちゅとのこと、ちゅき?」
「ええ、パパもエストのこと、大好きよ。エストはね、パパとママの宝物よ…。それに…パパはアイアンマンよ。パパは強いから…きっと戻ってきてくれるわ…。大丈夫…大丈夫よ…」
最後の言葉は、娘にではなく、自分自身に言い聞かせるためだったのかもしれない。
ペッパーは再び泣き始めたエストを抱きしめると、「大丈夫…」と繰り返した。
泣き疲れ眠ってしまったエストをそばに寝かせていると、手術室のドアが開いた。
たくさんの点滴とチューブに繋がれたトニーが目の前を運ばれて行く。
「トニー!」
近寄ろうとしたペッパーはナースに遮られ、トニーが運ばれるのを見守るしかなかった。
「トニー…」
力が抜けその場に座り込んでしまったペッパーに、医師が声をかけた。
「スタークさん…。ご主人は…非常に危険な状態です。内臓の損傷が激しく、出血の量も多くて…。手は尽くしましたが…覚悟してください」
トニーは死ぬの?
眠っているエストをソファーに寝かせると、ペッパーはベッドサイドに座り、血の気のない顔をして眠るトニーの頬を撫でた。
トニーに付けられた呼吸器とモニターの音だけが聞こえ、辺りは静まり返っていた。
お願い…トニー。まだあなたに教えてないけど…赤ちゃんができたのよ…。今度は男の子かも…。この子の顔を見ないまま私を置いて逝ったら、許さないわよ…。お願い…。トニー……。
ペッパーは一晩中トニーの手を握り祈り続けた。
翌朝、エストが目を覚ますと、ペッパーは部屋にいなかった。
「ママ?」
目をこすりながら、アイアンマンの人形をギュッと抱きしめると、エストは立ち上がった。
キョロキョロと周りを見回すと、ベッドにはトニーが眠っている。
「パパ!」
いつもなら「エスト、おはよう」と抱きしめてくれるのに、いくら呼びかけてもピクリとも動かない。
「パパ?ねぇ、パパ…。パパ…」
トニーの冷たい手にそっと触ったエストは、何度も何度も呼びかけた。だが、その手は動くこともなく、エストの目には涙がたまり始めた。
「パパ…えちゅとね、パパ、だいちゅき。あいあんまんもちゅき…」
エストの目からこぼれた涙が、トニーの手を濡らしていく。
「パパ…えちゅとのこときらい?おこってる?ごめんちゃい…。パパ…おっきして…パパ…」
そこへペッパーが戻ってきた。
依然生死の境を彷徨っているトニーに少しでも朗報を…と産婦人科で検査を受けてきたのだ。
「エスト?目が覚め…」
トニーの手に触れ涙を必死で堪える娘の姿を見たペッパーは慌てて駆け寄った。
「ママ……。パパ…おっきしないよ…。パパね…えちゅとおはようっていわないよ…。パパ…おこってるの?ママ…」
「エスト…。泣かないで…。パパは怒ってないわよ…。大丈夫よ…」
ペッパーに抱きつき声をあげて泣き出したエストの頭を、ペッパーは彼女が落ち着くまで何度も何度も撫でた。
ソファーに座り、エストを膝の上に乗せると、ペッパーはエストにも分かるように話し始めた。
「パパはね…アイアンマンはね、悪い人をみんなでやっつけていたんだけど…その時に怪我をしちゃったの。エストも見たでしょ?パパがひどい怪我をしているのを…」
「パパ…いたいいたい…」
「パパはね、夢の中で一生懸命闘ってるのよ。エストとママのところに帰ってこようと、頑張って闘ってるの…。だから、パパのこと応援してあげましょ?頑張れって…。エストとママと…赤ちゃんと3人で…」
「あかちゃん?」
「そう。ママのお腹にはね、赤ちゃんがいるの。パパはまだ知らないけどね。エスト、お姉ちゃんになるのよ」
ペッパーはエストの手を取ると、まだ膨らんでいないお腹にそっと当てた。
「えちゅと、おねえちゃんになるの?」
「そうよ…。パパが起きたら、教えてあげないとね」
「うん!ママ!えちゅとね、おねえちゃんだから!パパがんばれーっておーえんする!」
ペッパーの膝の上から飛び降りたエストは、トニーのそばに駆け寄ると
「パパ!これ、かしてあげる!パパがえちゅとにくれたあいあんまんよ!」
エストは毎晩抱きしめて寝ているアイアンマンのぬいぐるみをトニーの横に置いた。
そしていつも大事に持ち歩いているカバンをひっくり返した。
カバンの中からは、大小様々なアイアンマンの人形やトニーに買ってもらったクレヨンとスケッチブック、絵本が出てきた。
エストは、たくさんのアイアンマンの人形を抱えるとペッパーの手に押し付けた。
「ママ!これもね、パパにかしてあげる!」
「え?パパに?」
ペッパーがベッドサイドのテーブルにアイアンマンの人形を並べていると、テーブルの上にスケッチブックを広げたエストは、クレヨンで何やら描き始めた。
人形を並び終えたペッパーは、ソファーに座りその様子を見守った。
しばらくして
「できた!ママ!これも!パパにあげるの!」
「あら?もしかして、パパとアイアンマンを描いたの?」
「うん!これはね、パパ!これはね、あいあんまんよ!これがママとえちゅととあかちゃん!」
丸と線と何やらぐちゃぐちゃと描いた絵だが、トニーだと指差した絵には青色でリアクターらしき物も描いてあった。
「そうね…これを見たら、パパ、きっと元気になるわね…。そうだわ。パパが見えるように、ここに貼っときましょうね」
トニーの枕元にエストの描いた絵を貼ったペッパーは、眠り続けるトニーの頭を撫でた。
「トニー…早く戻ってきて…。みんな…待ってるわよ…」
そして数日がたった。
トニーの容態も落ち着き、あとは目覚めるのを待つばかり。
スティーブたちも入れ替わり毎日のように来てくれるが、目を覚まさないトニーの姿を見ると、肩をおとし帰って行った。
そんな中、片時もトニーのそばを離れようとしないペッパーとエストを心配したローディーが
「俺がいるから少し休んでこい」
と、半ば強引に付き添いを交代してくれたため、二人は久しぶりに家へと戻ってきた。
エストは自分の部屋に行くと、おもちゃ箱をひっくり返した。
「これでしょ…これもね…」
「エスト?何してるの?」
トニーの着替えなどを用意したペッパーがエストの部屋を覗いた。
「ママ!あのね、あのね…。パパにね、かしてあげるの!きゃぷちぇんでしょ…そーでしょ…はゆくでしょ…」
「え?」
「あのね、あいあんまん、ひとりぼっちなの。みんなでね、パパがんばれーっておーえんするのよ!みんなパパのおともだちでしょ?みんなね、パパのことおーえんしてるのよ!」
父親が目を覚まさないのは、一人で闘っているかららしい。父親の仲間がいれば、闘いに勝って目を覚ますだろう…。
幼いエストなりに考えたであろう発想に涙がこぼれたペッパーは、エストを抱きしめた。
「ママ?」
泣きながら笑う母親を心配そうに見つめるエスト。ペッパーは安心させるように明るい声で言った。
「そうよね。みんなパパのこと応援してるのよね。みんなで頑張れば、きっとパパは帰ってきてくれるわ…。さあ、エスト!早くパパのところにみんなを連れて行ってあげましょうね!」
その頃、病院では、ローディーが痛々しい姿で眠る親友の手を握り、話しかけていた。
「おい、トニー。いつまで寝てるつもりだ?もう1週間だぞ?ペッパーもエストも心配してる…。早く戻ってきてやれよ…。そうだ、お前がいつまでたっても戻って来ないなら、俺が…」
冗談めかしてローディーがそうつぶやくと、トニーの指先がピクリと動いた。
「トニー?おい、トニー!聞こえるか?!」
顔を覗き込むと、まぶたが動きトニーはゆっくりと目を開けた。
「トニー!おい!やっと戻ってきたな!ちょっと待ってろ!今、先生呼んでくるから!」
ローディーは転がるように廊下へ出て行った。
遠くで聞こるローディーの声を聞きながら、トニーは探し求めていた。
ペッパー…エスト……どこだ?
ペッパー……。
「さあ、パパの所へ戻りましょ?」
エストを車に乗せ、運転席に座ったペッパーは、ふとトニーに呼ばれた気がした。
「トニー?」
思わず後部座席を振り返ったペッパーだが、エストがペッパーの鞄を指差し自分を呼んでいるのに気づいた。
「ママ、でんわ!」
「え?」
エストに言われ携帯を見ると、ローディーからの電話だ。
「もしもし!トニーに何かあったの?!…え?ほ、ホント!わ、分かったわ…急いで戻るわ!」
携帯を握りしめ肩を震わせるペッパーにエストが声をかけた。
「ママ?」
振り返ったペッパーの目は涙で濡れていた。
「エスト!パパが…」
急いで病院へ戻ったペッパーはエストを抱きかかえ、トニーの病室へ走った。
「と、トニー!」
部屋に着くなり叫んだペッパーを、ベッドのそばにいた医師とローディーが振り返った。
「ペッパー!今、トニーが…」
目を赤くしたローディーがペッパーのために横に避けた。
「トニー?」
抱いていたエストを降ろしトニーのそばにゆっくり歩き出したペッパーの目に写ったのは…二人の方へ必死で手を伸ばそうとしているトニーの姿だった。
ペッパーがそばに駆け寄りその手を握ると、トニーの指が動き弱々しいがペッパーの手を握り返した。
「トニー…よかった…。トニー…頑張ってくれて…ありがとう…」
ペッパーの涙はトニーの手を濡らしたが、トニーは嬉しそうに目を細めた。
「もう大丈夫ですよ。スタークさん、頑張りましたね」
ニコニコと見守っていた医師は、気を利かせたローディーと一緒に部屋を出て行った。
親子3人になると、酸素マスクを付けたトニーが、何か話したそうに口を動かした。
「なぁに?」
大きく息を吸ったトニーは、必死で声を絞り出した。
「ぺっ…ぱー……。え…すと…」
「トニー…ここにいるわ…。エスト…いらっしゃい…」
ペッパーは恐る恐る近寄ってきたエストの手を取ると、トニーの手を握らせた。
「パパ…」
「…えすと…」
トニーはゆっくりと小さな手を撫でた。するとエストは小さな手でトニーの手を包み込んだ。
「パパ…だいちゅきよ。パパ…」
エストの目から大粒の涙が零れ始めた。それを見たトニーの目からも一筋の涙が零れた。
「…ぱぱも…」
「パパ…」
トニーの腕に縋り付き泣き始めたエストの手をトニーはそっと握りしめた。
だが、苦しそうに顔を歪めたトニーに気づいたペッパーは、エストを抱きかかえ、椅子に座った。
「トニー…痛むの?無理しないで…」
トニーは大丈夫だ…と言う様に首を振った。
「こえ…」
「声?」
「ぺっぱーと…えすと…こえ…。ずっと…きこえて…た…。ありがと…」
それが限界だったのだろう…。大きく息を吐いたトニーは、目を閉じ眠り始めた。
ペッパーがトニーの頬を撫でていると、エストがペッパーを見上げた。
「ママ…パパ、がんばったね…」
「そうね…。でも、元気になってお家に帰るにはまだまだかかるから…一緒に頑張らないとね…」
「あ!ママ!パパにおはなし!えちゅとがおねえちゃんになるって!」
「本当ね。パパが起きたら、エスト、教えてあげてね…」
「パパ、よろこぶ?」
「きっと大喜びよ…」
二人は幸せそうな顔をして眠るトニーを嬉しそうに見つめ続けた。
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