旅行から帰って来ると、マリブの家は様変わりしていた。
リビングやキッチンにあった段差や装飾品…つまり大人なら何ともないが子供にとって危険な物は撤去され、室内はシンプルになっていたのだった。
「どうしたの?」
目を丸くして立ち尽くすペッパーに、トニーは照れ臭そうに笑った。
「留守の間にリフォームした。ほら、この子のために…」
そう言いながら、トニーはペッパーの少しふっくらしたお腹に手を当てた。
「そういえば、この子の部屋、どこにするの?」
今まではつわりが酷くそれどころではなかったが、少しずつ準備していかなければならない。ペッパーの手を取ったトニーは二階に向かって歩き出した。
「ここがいいんじゃないかと思って…」
向かった先は、二人の寝室からも近い南向きの日当たりのいい部屋。元はトニーの書斎だった部屋だ。
ドアを開けると、大量の本で雑然としていた部屋は淡い白の壁紙が貼られ、空っぽになっていた。
太陽がほどよく降り注ぐ部屋に入ったペッパーは、部屋を見渡した。
「ここは海もよく見えるし、最高ね。でも、あなたの書斎は…」
「あぁ、寝室の隣に使っていなかったゲストルームがあったろ?あそこにした」
確かにその部屋は全くと言っていいほど使っていなかった。特に二人が恋人になってからは…。と言うのも、二人のあの声が大きすぎて、ゲストルームに筒抜けなのだ。一度酔っ払ったスティーブが自分に用意されていた部屋と間違えて寝てしまったことがあるのだが、翌朝真っ赤な顔をして出てきたことがあった。
と言うわけで、寝室の隣の部屋は無事にトニーの書斎に落ち着いた。(ちなみに書斎とは反対側の隣はクローゼットのため、声が漏れ聞こえても平気だ)
「部屋の内装は二人で決めよう。壁紙や家具や…。明日は検診だろ?帰りにいろいろ見に行かないか?」
「えぇ。楽しみね」
トニーを見上げたペッパーはにっこり笑うとお腹にそっと手を当てた。
翌日、検診にやって来た二人。
「今日は4Dで見てみましょうか?」
ベッドに横たわったペッパーの腹部に当たられた機器。先月よりも大きく育っている胎児は、顔をこちらに向けていた。
「見て!トニー!あなたにそっくりよ!」
鼻筋が通った大きめの瞳をした胎児は、起きているのだろう、手足を動かしていた。
「君にも似てるぞ?かわいいな」
「でも、しっかりこっちに顔を向けてるわ…。カメラ目線だし…。そういうところもあなたに似てるわ」
モニターを見ながら楽しそうに話をする二人に医師は声を掛けた。
「あらあら、足を開いてるから…性別も分かっちゃいますねぇ。先月のお話だと生まれるまで秘密ということですけど…どうされます?」
顔を見合わせた二人。先月はそう言ったものの、やはり知りたい気持ちもある。そっとトニーの手を握りしめたペッパーは彼に向かって頷くと医師に告げた。
「教えて頂いていいですか?」
トニーとペッパーの顔を交互に見つめた医師はにっこり笑った。
「えぇ。間違いなく女の子ですよ」
「女の子…」
ペッパーの脳裏には、あの夢に出てきた娘の姿がよぎった。『またパパとママの子供になるから』と笑っていたあの娘が…。それはトニーも同じだった。
「やっと会えるな…」
ポツリとつぶやかれたその言葉にペッパーは顔を上げた。見るとトニーの目は僅かに潤んでいるではないか。
「ねぇ、トニー。この子は約束を守ってくれたのね」
「あぁ…律儀だな。君にそっくりだ」
笑いあった二人がモニターを見ると、そこに映る小さな娘もにっこりと笑った気がした。
病院を出た二人は、途中ショッピングモールへ向かった。
二人が向かったのはベビー用品なら何でもある店。
「かわいいわね」
小さな家具や洋服などをキョロキョロと眺めていたペッパーだったが、大きなカートの中におもちゃや女の子用の服や靴を次々と入れているトニーのジャケットの裾を引っ張った。
「ねぇ、赤ちゃんの部屋、あれでいいでしょ?」
「あれ?」
何のことだ?と首を傾げるトニーにペッパーは頬を膨らませた。
「もう!この間話をしたでしょ!男の子だったら、ラボ風にしたいって言ってたのは、あなたじゃないの!」
プリプリ怒るペッパーにトニーは思い出した。息子だったら小さなラボにしたい。子供用のアーム型ロボットも作るんだと意気込んでいたのは自分だった。
(確かペッパーは言ってたな。娘だったら…)
「思い出した。お姫様のような部屋にしたいと言っていたな」
ようやく思い出したトニーが口を開くと、ペッパーは顔を輝かせた。
「そう!それでね…こんな感じにしたいの」
携帯をゴソゴソと弄り始めたペッパーは、画面をトニーに向けた。そこに写っていたのは、淡いペパーミントグリーンの壁紙に木目調の家具の置かれた可愛らしい部屋。ベビーベッドの上からは天蓋が吊るされ、まるで絵本に出てくるような部屋だった。想像していた豪勢な部屋とは違うがかわいらしい部屋に、トニーは思わず頬を緩めた。
「いいんじゃないか?気に入ったよ」
頬に音をたててキスをすると、くすぐったそうに笑ったペッパーはお腹に手を触れた。
「この子も気に入ってくれるかしら?ねぇ?どうかしら?」
だが、いつもは元気良くお腹を蹴るのに返事がない。
「もう…肝心な時に聞いてくれないんだから…」
しょんぼりと口を尖らせたペッパーにトニーは苦笑い。
「寝てるんじゃないのか?まぁ、いいじゃないか。生まれてくるまでのお楽しみだ。ほら、家具はあっちにある。早速選びに行こう」
まだショボくれているペッパーにキスをすると、トニーは彼女を抱き寄せ歩き始めた。
五日後。
ペッパーは、朝から子供部屋の掃除をしていた。昨日貼られたばかりのペパーミントグリーンの壁紙は、降り注ぐ太陽の光が反射し、キラキラと光っている。午 後からは先日購入した家具が運び込まれる予定となっており、どのように配置しようかとペッパーが考えていると、トニーの声が聞こえて来た。
『ペッパー、降りてこられるか?』
トニーは朝からラボにこもっており、何をしているのかペッパーは知らなかった。
「どうしたの?」
ラボに向かうと、トニーは部屋の隅のソファーを指差した。
「まぁ、いいから。そこに横になれ」
ソファーに横たわったペッパーのTシャツをめくったトニーは何やら腹部に機器を当てた。見覚えのある形の機器にペッパーは目を白黒させた。
「トニー、それって…」
何か言おうとしているペッパーの言葉を遮るように、トニーはジャーヴィスに声をかけた。
「ジャーヴィス、いいぞ」
照明が落ち薄暗くなった室内。すると二人の目の前に何かが浮かび出た。
「これって…」
「そうだ。私たちの娘だ。これがあれば毎日顔を見れるぞ?」
要するに、トニーが手に持っているのは、先月検診で使った4Dのエコーのような物。医療機器なのでそう簡単には手に入るはずはない…。いや、トニー・スタークに不可能はないのかもしれないが…。
「買ったの?!」
思いもよらないトニーの行動に、ペッパーはソファーの上で飛び上がった。だが、当の本人は涼しい顔。
「いや、私が作った。原理は分かっている。私は天才だからな。こんなもの作るのは朝飯前だ」
得意げに言うトニーに、ペッパーはクスッと笑った。と同時に、小さな娘は手足をばたつかせた。娘のリアクションにトニーは目を見張った。
「おい、こいつ、聞いてるのか?」
父親に『こいつ』と呼ばれ、彼女は文句を言うようにペッパーのお腹を蹴った。
「トニーったら…『こいつ』はかわいそうよ」
宥めるようにお腹をさすったペッパーと、目の前に映る娘を見比べていたトニーは、目をくるりと回した。
「一人前だな。なぁ、パパのかわいいお姫様。君のかわいい寝顔を毎日盗み見しても怒らないでくれよ?」
ペッパーのお腹にトニーが手を触れると、娘は笑った気がした。
『ペッパー様、ミス・スタークはトニー様にそっくりですね』
微笑ましい光景にジャーヴィスが声をかけると、彼女はジャーヴィスの声にも反応した。
『私の声にもミス・スタークは反応してくださるんですか?』
驚いたジャーヴィスにペッパーは笑いかけた。
「そうよ、ジャーヴィス。あなたの声も毎日聞いているんですもの。あなたの事も大好きになるわよ」
ペッパーのその言葉に、ジャーヴィスは照れ臭そうに答えたのだった。
『さようでございますか。ミス・スタークにお会いするのが楽しみです』
スターク邸からは一日中、二人の楽しそうな声が聞こえていた。
スターク家に新しい家族が加わるまで、後4ヶ月。
そういえば、某ハリウッドスターがお腹の娘の姿を見るために、エコーを購入しようとしていたという話がありましたね…(汗)女の子と聞いて二人が思い出したのは、”I stand up again and again.”の子供です。