An Agile Mind

「ボス、今日は楽しみですね」
後部座席で書類に目を通していたトニーは、ハッピーの声に顔をあげた。今日は初めての結婚記念日。先日までつわりで苦しんでいたペッパーも元気を取り戻しており、トニーは彼女を喜ばせようとハッピーに手伝ってもらい、いろいろと計画を練っていた。
彼女が前から見たいと言っていた映画を見て、夜景の見えるレストランで食事をし、それから…。胸ポケットに忍ばせた小さな箱にそっと触れたトニーは頬を緩めた。
「あぁ。計画は…分かってるな?頼むぞ、ハッピー?」
「まかせて下さい!ボス!」
バックミラー越しに視線を合わせると、ハッピーは胸を叩いた。

ちょうどトンネルに差し掛かった時だった。横から強い衝撃を受け、トニーは座席に叩きつけられた。何が起こったか確認する暇もなく、車はトンネルの壁に激突した。

「…ハッピー?」
前方に倒れこんだハッピーに声をかけると、小さく唸り声が聞こえた。彼の生存を確認したトニーは、自分の状態を確認しようと上半身を起こした。頭がクラクラし、眩暈がする。額を切ったのだろう、生温い物が顔を流れ落ち、止まる気配すらない。ポケットからハンカチを取り出したトニーは、額を押さえると大きく深呼吸した。
(早く車から出なければ…)
だが、身体を動かそうとするも、両足がシートと潰れた車体に挟まれており動けない。
「くそっ!」
何とか引っ張り出そうと奮闘していると、壊れたドアが開いた。
(助かった!)
顔を輝かせたトニーだが、ドアの外を見ると恐怖で顔を引きつらせた……。

***
知らせを受けたペッパーが現場へ到着すると、ハッピーが救急車へ乗せられるところだった。
「ハッピー!」
慌てた駆け寄ったペッパーに気づいたハッピーは、身体を起こそうとした。青い顔をしたペッパーだが、起き上がろうとしたハッピーを制すると、腕を優しくさすった。
「そのままでいいわ。トニーは…」
あの時、意識は朦朧としていたが、ハッピーの耳には届いていた。銃声とそしてトニーの「助けて…」というくぐもった声が…。自分がいながらトニーは連れ去られた。守れなかった…。ボスであり、20年以上付き合いのある大切な友人を…。情けなくなったハッピーの目から涙がポロリと零れ落ちた。
「ペッパー…すみません…。ボスのこと…守れなかった…」

血塗れの後部座席を見たペッパーは、ショックのあまり倒れそうになった。トニーは酷い怪我をしているに違いない…。
(トニー…)
震えを抑えるように身体を抱きしめたペッパーに、警官が声をかけた。
「ミセス・スターク…これを…」
それは血に塗れた小さな箱だった。中にはブルーのサファイアの光る指輪と、そして『ペッパーへ』とトニーの字で書かれた小さな紙が入っていた。指輪をはめたペッパーは、震える手でトニーからの手紙を開いた。
『共に歩き始めて一年。ありがとう。いつも支え、無償の愛を与えてくれる大切な君へ贈る。愛してる。これからも永遠にそばにいてくれ…』
(トニー…お願い…どうか、無事でいて…)
子供を守るようにそっとお腹に手を当てたペッパー。警官に呼ばれたペッパーは、涙をぐっと堪えると深呼吸をし、彼らの方へ足を向けた。

トニーが拉致されたというニュースは、犯人を刺激しないようにと報道規制が引かれた。おそらく身代金目的の誘拐だろうというのが警察の見解だった。だが、犯人からの連絡はなく、時間ばかりが過ぎていった。

知らせを聞き駆けつけたアベンジャーズのメンバーの顔を見た瞬間、それまで必死に堪えていたペッパーの目からは涙が止まることなく零れ始めた。
「大丈夫よ。スタークは必ず見つける。だから、安心して…」
ペッパーを抱きしめたナターシャは、彼女が泣き止むまで背中をさすり続けた。

その頃…。
「ん…」
頬を伝わる冷たい感触にトニーは目を開けた。頭がズキズキと痛み、目の前は霞んで見える。朦朧とする頭を振ったトニーは、身動きが取れないことに気づいた。古いベッドのフレームだろうか、両手両足は拘束されており、先ほど車から引きずりだされる時に撃たれた左太腿には包帯が巻かれているが、白いはずの包帯は真っ赤に染まり、流れ落ちた血で床には血溜まりができている。ジャケットとワイシャツは脱がされており、足元には無数の機械とケーブルが置いてあるのに気づいたトニーは、小さく舌打ちした。

「目が覚めたか?」
顔を上げると、覆面をした複数の男が立っていた。手には銃―少なくともSIのではないようだ―を持った男が五人、ぐるりとトニーを囲んでいた。
「君たちは私のファンか?その割には手荒い歓迎だな?」
何か手がかりを掴もうと軽口を叩くトニーの言葉を男たちは無視すると、正面にいたリーダーらしき男が銃口をリアクターへ向けた。
「君のファンと言うよりも…君のこのリアクターのファンだ。君は、素晴らしいものを発明した。利用させてもらおうと思ってね?だが、君はこれがないと死んでしまう。私たちは君を殺すなんて非道なことはしない」
リーダーの男が合図をすると、周りにいた男たちがリアクターにケーブルを取り付け始めた。
「おい!やめろ!触るな!」
動かない身体を動かし、必死に抵抗するトニーだが、男たちはトニーの顔や腹を何度も殴りつけた。
ゴホゴホと咳き込むトニーの顔を掴んだリーダーの男は、リアクターの真ん中に太いケーブルを差し込んだ。
「どれほどのパワーなのか試させてもらうよ…」
舌を噛み切らないようにと、トニーにタオルを噛ませると口元をガムテープで覆い、男はトニーの頬を軽く叩いた。それを合図としたかのように、部屋の反対側に置かれた装置が大きな音をたて始めた。
リアクターが光り始め、トニーの身体を電気のようなものが突き抜けた。
「んんっ!!!」
目を見開いたトニーは、身体を痙攣させた。
「すごいパワーだな。さてと、思う存分活用させてもらおう」
苦痛に顔を歪めるトニーを男たちは嘲り笑った。

どれくらい時間がたったのだろう。まるでリアクターのパワーを吸い取るかのように機械が唸りをあげるたび、身体を雷で打たれたようにトニーの身体が跳ね上がった。
膨大なエネルギーを生み出すとはいえ、このような使い方をするとは想定していないため、リアクターの限界はトニーにも分からなかった。もし、途中でパワーが切れるようなことになれば、あの忌まわしい破片は10分もしないうちに心臓に到達するだろう。そうなれば、トニーは一巻の終わりだ。
(どうすれば…)
両手を動かすも、繋がれた鎖とロープで皮膚が擦り切れ自分が傷つくばかり。段々と息苦しくなり始めたトニーから力が抜けると同時に、リアクターの光が弱まり始めた。
「そろそろ限界か?まだいけるだろ?」
男が指を鳴らすと、機械の音がさらに大きくなり、トニーは身体を硬直させた。目を見開き身体を痙攣させるトニー。心臓の鼓動が一層早くなり、息が吸えなくなったトニーは、声にならない悲鳴をあげた。

(もはや…ここまでか…)
ペッパーの悲しそうな顔が…そして彼女の腕に抱かれた子供の姿が脳裏をよぎり、トニーの目から涙が零れ落ちた。

トニーが諦め掛けたその時…。
「そこまでだ!」
聞き覚えのある声が聞こえ、トニーはほとんど閉じかけた目を声の方へ向けた。部屋の入り口には、お馴染みのアベンジャーズの面々。
(やっと…来た…)
襲いかかる男たちをキャプテンとハルクとソーが次々と倒す間に、ナターシャとクリントが駆け寄って来た。リアクターからケーブルを抜き取ったクリントは、手足の拘束を解くとトニーを床に下ろした。
「スターク!しっかりしろ!」
口元のガムテープを剥がすと、トニーは血を吐きながらむせ込んだ。
「…遅い…」
小さく震えるトニーの身体を毛布で包み込んだナターシャは
「目標確保。至急搬送します」
と、インカムに向かい言った。

「すぐにヘリが来るから、もう少し頑張って…」
両足を負傷し歩けないトニー。ハルクが抱きかかえ外まで連れて出たが、トニーは真っ青な顔をしており息苦しそうだ。
「あぁ…」
かろうじて答えたトニーだが、実際は意識が朦朧としており、自分が今どこにいるのかさえ分かっていなかった。
「スターク?ペッパーと話すか?」
気を利かせたスティーブが携帯を取り出した。
「…」
だが、トニーからは返事がなく、異変に気づいたスティーブが顔を覗き込んだ。
「スターク?」
汗をかきぐったりと胸元を押さえていたトニーだが、身体を痙攣させ息を詰まらせた。その瞬間リアクターの光が消えた。
「おい!大変だ!」
リアクターが動かないことは、すなわちトニーの死を意味する。
「あと何分だ?おい!スターク!リアクターなしで、どれくらいもつんだ!」
視線が合っていないトニーの頬をスティーブが叩き、意識を呼び戻そうとした。
「…5ふん…」
朦朧とした意識の下で、トニーがポツリとつぶやいた。

救援ヘリはまだ来ない。トニーの家には予備のリアクターがあるだろうが、5分で行ける距離ではない。
「そんな…無理よ!」
悲鳴をあげそうになったナターシャが口元を押さえた。
「どけ!」
ソーがムジョルニアを取り出し雷を集めた。ソーの意図を理解したハルクは、トニーを地面に横たえると、皆をトニーから引き離した。

「おい!ソー!やめろ!スタークが死ぬぞ!」
「このままでも死ぬだろ?一か八かだ!」
小さな雷がリアクターに直撃し、トニーの身体が何度も跳ね上がった。
すると、かすかな音をたてリアクターが再び青白く光り始めた。
「やったぞ!」
手を叩き合い喜んだが、トニーは目を閉じたままだ。
「おい…スターク?」
スティーブが頬を叩いたが反応がない。
遅かったか…と、誰もが思ったその時、ハルクが耳元で大声を上げた。すると、あの時…NYでの決戦後の時のように、驚いたトニーが目を開いた。

ぼんやりとした目のトニーは、何度か瞬きすると、
「…全く…乱暴だな…」
と小さく笑うと目を閉じた

「しかし、よく思いついたな?」
3日後、ジェーンと共に見舞いに来たソーに、病院のベッドの上でチーズバーガーを食べながらトニーは尋ねた。
「でも、一歩間違えたら、スタークさんは死んでいたかもしれないのよ。ソーったら、加減を知らないから…。よかったです、無事で」
「ははは…」
恥ずかしそうに頭を掻くソーをジェーンは苦笑いしながら肘で突ついた。
「お前と初めて顔を合わせた時、ムジョルニアの力を己の力としていただろ?あれを思い出した」
ソーに言われたトニーは、あの森の中で初めて闘った時のことを思い出した。
ジェーンの言うとおり、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。だが運がいいと言うべきか、ソーの機転がなければこうやってチーズバーガーを食べることもできなかったのだ。
「あれとは違うんだが…まあ、いいか…」
髭に付いたソースをタオルで拭ったトニーは、大きく伸びをした。

「ソーは私の命の恩人ということになるのか…」
ボソッと呟いたはずのその言葉は、神様ソーの耳にちゃんと届いていた。
「スターク、礼には及ばんぞ。お前たちには助けられた。その礼だと思ってくれ。だが、どうしても礼がしたいと言うなら…」
「ソーったら!厚かましいわよ!」
慌てたジェーンがソーの口を手で塞いだが、ソーの狙いが分かっているトニーは大笑いした。
「Veniero’sのチーズケーキだろ?店ごと貸し切ってやる。ペッパーも食べたいとずっと言っているんだ。結婚記念日を台無しにしてしまった償いをしようと考えていたところなんだ。ソー、お前も来い。思う存分食べさせてやるよ」

***
拘束ネタは、コラ画のある海外某R-18サイト様の絵からです。リアクターにケーブルを差し込まれている絵だっ たんですが、果たしてこういう使い方ができるのか&ソーの雷で復活する下りなどは完全に捏造ですので…。ちなみに、Veniero’sはNYにある世界一 美味しいと評判で並んで整理券がないと食べられないチーズケーキのお店らしいです。

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