夜明け前。
ベッドの下に散らばった服を掻き集め身に付けると、トニー・スタークはまだシーツにくるまって眠る恋人の額にキスを落とした。
「…おはよう、トニー…」
「おはよう…ハニー」
顔中にキスの雨を降らすと、ペッパーはくすぐったそうに身を捩った。
「もう、そんな時間?」
「いや…まだ夜明け前だ。一度家に帰るよ…。後でまた迎えにくるから…」
つい先程まで愛し合った証を隠すようにシーツを手繰り寄せたペッパーの髪を撫でると、潤いを求めるように唇を奪った。
「ん…」
愛し合った余韻が残る中でのキス。軽い口づけのはずが、次第に深さを増してくるキス。
(これ以上はマズイ…)
理性を総動員して唇を離すと、トニーは立ち上がった。
「…これ以上はやめとくよ。その代わり、夜は覚悟しとけよ…」
真っ赤になったペッパーの頭を撫でると、トニーはそっと外に出た。
表に停めてあった車に乗り込もうとした時だ。
「スタークさん!」
待ち構えていたのは大勢の記者。
(チッ!どこから聞きつけたんだ?)
婚約したことはまだ公表していない。というのも、プロポーズしたのは昨晩なのだから…。
薄暗い夜明け前のはずなのに、一斉にたかれるカメラのフラッシュのおかげで真昼のように明るい。
「婚約されたという噂ですが?」
「お相手は、ミス・ポッツですか?」
「結婚式はいつ頃の予定ですか?」
次々と投げかけられる質問に
「近いうちに会見を開く。それまではノーコメントだ」
と、かわしながら車へ乗り込もうとしたトニーの耳に下衆な言葉が聞こえてきた。
「朝帰りということは…今までお楽しみだったんですね?」
「ミス・ポッツも今までの女性と同じく身体だけの関係だったんじゃないのですか?」
…反吐が出る。
大体、こんな時間に彼女の家の前まで押しかけてくるとは…。
ため息を付いたトニーは、怒りに満ちた目元を隠すように胸元のポケットに入っていたサングラスを掛け、カメラの方へ振り返った。
「先程の質問に一つだけ答えよう。ペッパーは…ミス・ポッツは、私にとって世界一大切な女性だ。したがって、彼女を傷つけることは断じて許さん。彼女に指一本でも触れてみろ。私が容赦しないぞ。…言っている意味が君たちには分かるか?」
顔を見合わせた記者たちは、首を傾げた。スターク氏は、遠回しに彼女と結婚するとでも言いたいのだろうか…と。
その場は静まり返り、皆、次の言葉を待っているのを見渡したトニーは、大げさにため息をついた。
「私の家に押しかけるのならともかく、こんな朝っぱらから住宅地に押しかけ騒ぐのは、彼女だけではない。ご近所にも迷惑だろ?それに、私が答えなかったら このまま彼女を待ち伏せしておくつもりか?言っただろ?彼女を少しでも傷つける奴には容赦しないと。つまり…早く帰れ。会見は今週中に開く。それでいいだ ろ?」
記者たちを睨みつけるように見たトニーは、車に乗ると颯爽と走り去った。
後に残された記者たちは…。
「よ、容赦しないって…?」
「そういえば…スターク氏…というよりも、ミス・ポッツを追いかけていたC社の男性記者…最近見ないわよね…」
「あぁ、彼なら先週、アラスカへ転勤に…」
「それって…」
その場にいた記者たちは顔を見合わせた。このままミス・ポッツに張り付いて、彼女に怪我でもさせたら…自分たちの命が危ないと…。
身の危険を感じた記者たちは、蜘蛛の子を散らすようにその場から立ち去った。
「トニー?みんな急にいなくなったわよ?」
騒ぎに気づき窓から様子を伺っていたペッパーは、トニーに電話を掛けていた。
「え?当分の間は安心?そうなの?…えぇ。…そうね。今日はあなたの家に行くわ…。え!朝まで?…もう…トニーのエッチ…」
顔を赤らめ電話を切ったペッパーは、全身に散らばった紅い花をシーツで隠すようにバスルームへと向かった…。
プロポーズの翌朝。ネット社会ですからね、人前でプロポーズしたらあっという間に広まります(笑)