こわれゆく世界の中で(SH2後、ワトホム)

ホームズ…君はあの最期の瞬間、なぜ微笑みだけを私に遺していったんだ?

ベイカー街の下宿。この部屋の主がいなくなって早3ヶ月。
全てを飲み込んだ滝壺からは何の痕跡も見つかっていない。
それでも、いつでも帰って来られるように残しているんです…というハドソン夫人の言葉に、ほんのひとかけらの希望を抱いて、気がつけば私は往診の帰り道、部屋を見上げるのが日課となっていた。

往診帰りの夕方、いつものようにベイカー街の下宿を見上げると、部屋の中で何かが動いた。

ホ、ホームズ⁉
まさかそんなはずはない…いや、彼のことだから私を驚かせるためにこっそり帰ってきて、何食わぬ顔をしていつもの椅子に座っているのでは⁈

ありえもしない幻想と思われるかもしれないが、私は階段を一気に駆け上がるとあの懐かしい下宿のドアを開け叫んだ。

「ホームズ!いるのか!」
彼の個人的な研究のためジャングルさながらだった部屋は、キレイに片付けられ―それでいても彼の存在が感じられるようにそこそこ散らかってはいるが―私を迎え入れてくれるのは、もはや静寂のみだった。あぁ、やはり私の幻想だ。

いつまでも未練たらしい・・・彼の幻影を払いきれない自分自身が情けなくなり、ガックリと膝をついた。
ふと膝元を見ると何か見覚えのある物が落ちていた。ホームズと最後に過ごしたあの日、彼がからかい様にはなってきた吹き矢だ。
手に取ると、この3カ月間胸の内に蓋をして、おのれすら開けることのできなかった様々な思いが込み上げてきて、私は彼を亡くしてから初めて声をあげて泣いた。

「今、幸せか?」
ひとしきり涙を流した後、壁の中から彼の声が聞こえた気がした。
なぜあの時、彼に「幸せか?」と聞かれたとき、本心を語らなかったのだろう。
いくら私が結婚して別の家庭を築こうとも、私の隣には彼がいるはずだと過信していたからなのか?

「ホームズ…君なしの人生こそつまらないものはない。よくも私を置いて逝ったな。覚えてろよ…」
泣き顔を見られた気がして、涙でぬれた顔を袖口でこすると私は立ちあがった。

「いつまでも前に進まないなんて君らしくないぞ、ワトソン」
外に出ると生温かい空気とともに、どこからともなく花の香りが漂ってきた。
季節はすっかり春だ。

ホームズ、今日は君がいなくなってから初めて世界が色づいて見えたよ。

ライヘンバッハ後のワトソン独白。タイトルはワトソンの中の人の映画ですが、内容は関係ありません(汗)

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