母の日 2013年

「パパ!あのね、あしたは『ははのひ』なんでしょ?」
エストを幼稚園に迎えに行ったトニー。チャイルドシートに座るなり口を開いた娘の言葉で、明日が母の日であることを思い出した。
「そういえば、そうだな」
思えば母の日の存在は忘れていた。両親は二十年以上前に他界し、母親という存在が近くにいたのは遠い過去。それでも昔はカーネーションを携え、母親の墓に 行っていたが、正直なところ最近は足が遠のいていた。去年はエストも小さかったが、3歳になり幼稚園に通い始めてからは、いろいろなことを教わってくるよ うになり…。
物思いに耽っていたトニーにエストが声をかけた。
「パパ?」
小さな手でトニーのシャツを掴んだエストは、何も言わない父親を少々不安げに見つめている。
幸いというべきか、ペッパーは出張で不在。帰宅するのは明日の夕方。計画を練るには十分時間がある。ニンマリとしたトニーは、娘の頭をクシャっと撫でた。
「エスト。パパとママに何かするか?」
父親の言葉にエストは満面の笑みを浮かべた。
「うん!あのね、ママにごはんつくってあげる!」
「え……」
料理の出来ない自分に向かって、この子は何を言い出すんだ…。料理上手な母親に似たのか、エストが最近料理に興味を持っているのは知っている。彼女専用の子供用の包丁買ったのも自分なのだから。だが、よりによって自分に言わなくても…。
嫌な汗が背中を流れ落ちたトニーだが、娘は期待に満ちた目でじっと自分を見つめている。
「え、エスト?料理以外に…」
恐る恐る言ってはみたものの、エストは断固拒否。
「イヤ!ママにごはんつくってあげるの!パパはなんでもできるでしょ?」
そう言われると、料理はできませんとはいえず、トニーは引きつった笑いを浮かべた。

その夜、母親が不在なのをいいことに、パパと寝ると言って聞かないエストを自分たちのベッドに寝かしつけたトニーは、ラボへと降りて行った。
『ジャーヴィス。私でも作れる料理は何かないか?』
電脳執事は考えた。主人の作れる物…それは電子レンジやオーブンで温めるか、ワッフルやパンケーキなど混ぜて焼くだけの簡単な物ばかり。それも5枚焼けば3枚は焦がしてしまうという始末。
『トニー様。出来ないものは出来ないと仰った方がよろしいかと思います』
考えた末に出した結論。だが、トニーは眉間に皺を寄せている。
「ジャーヴィス。エストを失望させるわけにはいかないんだ。父親の私は何でもできると思っている。みっともない姿は見せられないだろ?な?」
そう言われれば、ジャーヴィスも考えざるを得ない。料理下手なトニー様も失敗せずに作れて、エスト様も作れる料理……。もう、切って煮込むあれしかないだろう…と結論付けたジャーヴィスは、あの料理の名前を口に出した。
『トニー様。シチューはいかがでしょうか?』

翌朝、エストに朝食を食べさせたトニーは、服を着替えさせると早速遊ぼうとおもちゃを持って来たエストに言った。
「エスト、買い物に行くぞ」

近くのショッピングモールへとやって来た二人。だが、トニー・スタークともなると、周りの注目を集めるのは当然で…。あわよくばお近づきに…と目を光らせ る女性たちだが、そこは心得ているエスト。ジロっと周りを睨みつけると、『パパ』と連呼し、腕にしがみついて離れない。思いっきり甘える娘にトニーの鼻の 下も伸びっぱなしなわけで…。二人は誰にも邪魔されずお目当ての物を探した。
「エスト、まずはカーネーションだ」
「どうしてかーねーちょんなの?」
「そもそも母の日というのはだな、南北戦争終結直後の1870年、女性参政権運動家ジュリア・ウォード・ハウが、夫や子どもを戦場に送るのを今後絶対に拒 否しようと立ち上がり『母の日宣言』を発したんだ。ハウの『母の日』は、南北戦争中にウェストバージニア州で、『母の仕事の日』と称して、敵味方問わず負 傷兵の衛生状態を改善するために地域の女性を結束させたアン・ジャービスの活動にヒントを得たものだが、結局普及することはなかった。ジャービスの死後2 年経った1907年5月12日、その娘のアンナは、亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会をもち、白いカーネーションを贈った。これ 母の日の起源とされるんだ(Wikiより)」
「ふーん…」
ベラベラと話す父親の話を一応は聞くふりをしたエストだが、はっきり言って何を言っているのかさっぱりだ。だが、毎度のことなので、気に留めず花屋の中をキョロキョロと見渡した。
「何かお探しですか?」
キョロキョロするエストに、店員が声をかけた。
「あのね、かーねーちょんをさがしてるの」
「カーネーション?母の日の贈り物かしら?」
「うん!ママにね、あげるの!」
店先にはバケツいっぱいのカーネーション。それを見たトニーは、STARKの文字の光るカードを差し出し店員に向かって言った。
「この店のカーネーション、全部くれ」
相手が誰だか気づいた店員だが、トニーの発言に顔を引きつらせた。
「ぜ、全部ですか?」
「あぁ。全部くれ」
全部と言われても、やはり母の日。500輪ほどもあるカーネーション全部ともなると…。
店員が目を白黒させていると、トニーが鼻をならした。
「おい、いくらだ?」
「…せ、1000ドルです…」
「なんだ、妻が喜ぶなら安いもんだ。用意ができたら家へ配達してくれ」
住所をメモに書くと、トニーはエストの手を引き、次の目的地へ向かった。

「パパ、どこいくの?」
ステップを踏みながら歩くエストの手を引き、トニーはスーパーへと入って行った。
「買い物だ。料理作るんだろ?パパとシチューを作ろう」
「しちゅー?あ!エストね、ママとつくったことある!」
カートを引きながら、昨晩ジャーヴィスに指示された食材を次々に放り込んでいくトニー。
「パパ!これもいるよ!」
幸いなことに、物覚えのいいエストが先手を打って必要な物をカートに入れていくのだから、トニーの仕事はほとんどなかったのだが…。

途中、ハンバーガーを食べた二人は、たくさんの荷物と共に帰宅。
タイミング良く、先程の花屋が配達に来たため、大きなカーネーションの花束をリビングで運ぶよう指示したトニーは、エストを連れてキッチンへ向かった。
自分のエプロンを付けたエストは、ペッパーのエプロンをトニーに差し出した。
「はい、パパも」
(…これを付けろと言うのか?)
色鮮やかな花柄+フリルの付いたエプロン。
正直付けたくない…というよりも、誰か来たらどうするんだ…。
中々手を出さない父親に、エストは頬を膨らませた。
「もう!パパ!おりょうりするときは、えぷろんつけないとダメよ!」
腰に手を当て膨れっ面をするエスト。
(まるでペッパーじゃないか…)
ため息を付いたトニーは、渋々エプロンを身につけたのだった。

三時間後…。
結局、野菜を切るのも炒めるのも煮込むのも、ジャーヴィスに指示されながら何とか熟したトニー。一方のエストは、慣れた手つきで出来ることをやっている。
後はペッパーが帰ってくるのを待つばかり…というところまでこぎつけたトニー。額の汗を拭うと、キッチンの前のソファにグッタリと腰をおろした。
食事一つ作る大変さが改めて身に染みたトニー。
(ペッパーは大変だ…感謝しないと…)
そんなことを考えていると、エストがちょこちょことやって来た。
「パパ?大丈夫?」
グッタリとした父親の膝の上に登ったエストは、小さな手を頬に当てた。その手を掴んだトニーは、ニッコリ笑うと娘の額にキスをした。
「あぁ。大丈夫だ。そろそろママが帰ってくる頃だな?パパはワインを持ってくる」
立ち上がったトニーは、エプロンを外すと地下のワインセラーに向かった。

どれにしようかと吟味していると、ジャーヴィスがペッパーの帰宅を告げた。
『トニー様、ペッパー様が戻られました』
選んだワイン片手に階段を駆け上がると、エストを抱き上げたペッパーはリビングを埋め尽くした大量のカーネーションに目を丸くしている。
「おかえり、ハニー」
某然と立ちすくむペッパーに駆け寄ったトニーが、腰に手を回し頬にキスをすると、ようやくペッパーは口を開いた。
「ただいま…って、トニー。こんなにどうしたの?!」
「今日は母の日だろ?だから、買い占めた」
「買い占めたって…街中の?」
「いや、店一軒分だから大丈夫だ」
(大丈夫とかそういうことじゃなくて…トニーったら、どうしてやることがいつもこんなに大きいのかしら…)
額に手を当てたペッパーだが、
「ママ…嬉しくないの?」
というエストの声に顔をあげた。エストが不安そうに自分を見つめているのに気づいたペッパーは笑顔を作った。
「嬉しいに決まってるわ!ただね、あまりにたくさんあるから、ちょっとビックリしたの。トニー、ありがとう」
トニーを見つめたペッパーは、唇にキスをおとした。

「ママ!あのね!パパとごはんつくったの!」
両親のキスをニヤニヤ見つめていたエストだが、なかなか口づけをやめない二人に痺れを切らし、二人の服を引っ張り叫んだ。
「え?パパとご飯作ったの?!」
トニーの料理の腕前を知っているペッパーは、何と言っていいか分からず思わずトニーの顔を見つめた。
「エストとジャーヴィスに手伝ってもらったんだが…。食べてみてくれないか?」
照れ臭そうに視線をそらしたトニーに、ペッパーは抱きついた。
「ええ!早く食べたいわ!」

テーブルに腰をおろしたペッパーの目の前に、食欲をそそる匂いのシチューが運ばれてきた。
「食べる前に乾杯しよう」
トニーはワインを注ぐと、ペッパーの目をじっと見つめた。
ワインをグラスに注いだトニー。
「では、ペッパー…。いつもありがとう。妻として母として、日々頑張ってくれている君に…。君は最高の女性だ。妻としても母親としても…。ありがとう、ペッパー」
「トニー…」
テーブルに置かれた手をそっと握ったトニーは、ペッパーの耳元で囁いた。
「妻孝行は一晩かけてするから…」
「!!」
急に顔を赤らめた母親を不思議そうな顔で見ていたエストは、スプーンをペッパーの目の前に突き出した。
「はい、ママ!」
差し出されたスプーンを受け取ったペッパーは、シチューを一口すくい口の中に入れた。
途端に広がる香ばしい味。
不安げに見つめるトニーとエストに、ペッパーは満面の笑みを浮かべた。
「すごく美味しいわ!レストランに食べに行ったより美味しいもの!」
その言葉に、トニーとエストはホッとしたように顔を見合わせ笑った。

おそらくこの時点で娘の方が料理上手
エスト2歳6ヶ月

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