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Another World of 2012:NY…21
数ヶ月後。
スターク一家の姿は湖畔に建てられた家にあった。
ログハウス風の家には、ペッパーの要望通り、暖炉のあるリビングに大きなキッチンが備わっていた。そしてガレージにはトニー専用のラボもあった。アイアンマンからは引退すると宣言したトニーだが、ペッパーの許しも得て、彼は趣味程度にアーマーの開発を続けていたのだ。最も最近は、モーガンの遊具開発に力を注いでいたが…。
2階には、2人の寝室と、モーガンの部屋、そしてゲストルームなどがあり、3人は部屋を見て回った。
「寝室は…特別頑丈にしておいたぞ?防音もバッチリだ」
ペッパーの耳元囁いたトニーは、悪戯めいた笑みを浮かべた。
今日はこの後、引っ越し祝いのパーティーをすることになっている。と言っても、ハッピーとローディしか呼んでいないのだが…。
夕方になり、ハッピーとローディがやって来た。
「いい場所じゃないか」
街中では見られない美しい光景に、ローディはバーベキューの準備をしているトニーとペッパーに向かって告げた。
「これならモーガンも思いっきり遊べますね」
モーガンを肩車したハッピーだが、そのモーガンは足をばたつかせるとハッピーの頭をペシペシと叩いた。
「ハッピーおいたん!あっち!」
「はいはい、お姫様」
モーガンの一番の大好きなおじさんはハッピーだ。ハッピーと遊ぶのをモーガンは本当に楽しみにしている。そしてハッピーも、この小さなボスが彼の一番の宝物になっていた。モーガンの指差した方向に、ハッピーは笑い声を上げながら走って行った。
バーベキューも終盤になった頃。
満腹になり一息付いたトニーは、家族とそして親友たちを見渡した。
こんな平穏な日々を過ごせるとは思っていなかった。家族と友人に囲まれて、何かに怯えることもなく、平和に暮らしていけるとは…。
目頭が熱くなってきたトニーは、そっと立ち上がった。そして湖畔までやって来ると、そこに腰を下ろした。
暫くして隣に誰かがやって来た。ローディだった。
サノスとの戦いの時、自分は地球に残り、サノスの軍と戦っていた。だからローディはトニーがサノスを倒す瞬間を見ていなかった。
もしあの時、トニーが死んでいたら…親友の最期を看取れなかったら…ローディには後悔しか残らなかっただろう。
「トニー、今、幸せか?」
親友の問いかけに、トニーは見たことがないような笑みを浮かべた。
「あぁ。幸せすぎて死んでしまいそうだ」
その笑顔は、付き合いの長いローディですらも長らく見たことがないような笑顔だった。
親友が本当の幸せを掴んだことが嬉しくなったローディは、黙ってトニーの肩を抱き寄せた。
保護中: Another World of 2012:NY…20
Another World of 2012:NY…19
2日後、トニーは退院した。
自宅に戻ったトニーに、待ち構えていたモーガンが飛びついた。
「パパ!おかえり!」
キャーと歓声を上げた娘をトニーは抱きしめキスをした。顔中にキスをしまくる父親に、髭が痛いと文句を言おうと思ったモーガンだが、父親は静かに泣いていた。だからモーガンは何も言わず、黙って父親を抱きしめた。
その夜。2人きりになった寝室で、トニーはペッパーに告げた。
アイアンマンとヒーロー活動からは完全に引退すると…。
「もう私の出番は終わりだ。私の悪夢は終わったんだ。これからは、二度目の人生を…いや、三度目かな…どっちでもいいが、君とモーガンのことだけを考えて生きていきたい」
そう告げたトニーは、スッキリとした表情をしていた。ペッパーとしては、トニーがどんな選択をしても受け入れるつもりだったが、トニーの決断が嬉しくて仕方なかった。トニーが危険な目に合うのは…自分たちの元からいなくなるのは…そして彼が悪夢に苦しむのは、もう見たくなかったから…。
嬉しそうに頷く妻に、トニーも頬を緩めた。そして彼は先日の戦いで生き残ってから考えていたことを妻に告げることにした。
「そこでだ。ミセス・スターク、君に提案がある。もっと静かな場所に引っ越さないか?」
ペッパーは正直驚いた。トニーがそんなことを言い出すとは思わなかったから…。
確かに今の住まいは街のど真ん中だ。セントラルパークのそばにあるため、便利もいいが景色も良く、モーガンを連れて遊びに行くのも便利だ。だが、どこかせわしくのんびりとした雰囲気からはほど遠い。
ペッパー自身は田舎でのんびりと育ったため、モーガンも同じような環境で育ててみたいとはずっと思っていた。だが、トニーはNY育ちだし、彼はこの街で暮らしたいと思っていると考えていたからだ。
「でも…」
目をぱちくりさせているペッパーに、トニーは手を叩くとモニターを表示させた。
「いい場所がある。ここから遠くはない。だから君が仕事に行くにも問題ない」
映し出されたのは、森に囲まれた湖だった。透き通るように美しく、そして静かな風景をペッパーは一目で気に入った。
「素敵な場所ね…。気に入ったわ…」
囁くように告げたペッパーは、トニーの肩にもたれかかった。そして甘えるように彼の身体に腕を回した。
妻の身体の温もりがTシャツ越しに伝わった。笑みを浮かべたトニーは、彼女の頭にキスをした。
「それから…モーガンに妹が弟を作ってやらないか?」
「え…」
またしても思いがけない提案に、ペッパーは顔を上げた。戸惑いの色を見せる妻に、トニーは眉を吊り上げてみせた。
「そろそろ2人目を考えてもいい頃だろ?」
自分たちはエクストリミスに感染している。だから妊娠してもまたモーガンと同じような状態で生まれてくるだろう。
エクストリミスを生まれ持っているからと言って、モーガンが特段変わっているということはない。確かに彼女が1歳すぎるまでは、彼女のコントロール出来ない力をこちらもどうしていいのか分からず戸惑うことも多かった。だが、子育てをする上で、戸惑いがあるのは誰だって同じだ。
だが、モーガンの場合は、妊娠初期にペッパーが感染したのであって、次に生まれてくる子は、妊娠する時点ですでに感染しているという違いがある。だからモーガンと全く同じとは考えられなかった。
ペッパーもずっと2人目は欲しかったが、そう考えると、ペッパーはトニーに切り出せないでいたのだ。
黙ったままのペッパーをトニーはギュっと抱きしめた。
「モーガンを見て思ったんだ。確かにあの子はエクストリミスと共生しなければならない。だが、あの子は素晴らしい子だ。親の自分が言うのもなんだが…。君に似て強く優しく…思いやりのある…純粋な心を持った素晴らしい子だ。だから大丈夫…きっと幸せになれる…」
ペッパーは気づいた。
トニーはどんなことでも乗り越える強さを持っている。それはきっと彼が自分の運命に抗わず、全てそのまま受け止めているから…。自分に与えられた試練だと思い、乗り越えようとしているから…。そしてその運命を、より良い方向に変えようと努力しているから…。
自分のことだけではない。子供たちのことも、彼は全て受け止めてくれる…。
だから大丈夫…。彼となら…例え何があっても、乗り越えられるから…。
ペッパーは気持ちが楽になった。トニーに任せておけば大丈夫…最も任せられないことも多々あるが…。
「うん……」
トニーの胸元に顔を押し付けたペッパーは、Tシャツ越しにキスをした。
その胸元には、数日前まであったリアクターはなかった。彼にはもうリアクターは必要ないのだから…。
「では、早速…」
ニヤッと笑ったトニーは、ペッパーを抱きかかえると、シェルターに向かった。
Another World of 2012:NY…⑱
トニーは眠り続けた。このまま目覚めないのでは…と、時折ペッパーは不安になったが、エクストリミスのお陰で怪我もすぐに治り、そして容態も安定していた。
結局一週間眠り続けたトニーは、大欠伸をしながら目を覚ました。
「おはよう…ハニー」
まだ微睡んでいるトニーは、開口一番ペッパーを見つめるとそう囁いた。
「おはよ、トニー。ゆっくり眠れた?」
トニーはこの数年間、ずっと不眠に悩んでいた。が、この一週間眠り続けるトニーは、本当に穏やかな顔をして眠っていたのだ。
「あぁ。久しぶりにゆっくり眠った気がする」
そう言いながら大きく伸びをしたトニーは、辺りを見渡した。
「モーガンは?」
「ハッピーと留守番してるわ。後で連れてくるわね」
頷いたトニーは、大きく深呼吸をすると、妻の手を握りしめた。
「あの子に救われたな…」
ポツンと口に出したトニーに、ペッパーはあの日のことを思い出した。
***
あの時…トニーが宇宙に向かってから、ペッパーはモーガンを抱きしめ、トニーが作った例の頑丈な部屋に篭った。何かあってもここなら安全だと思ったから…。
すると突然、目の前にあのストレンジが現れた。急に出現したストレンジに悲鳴を上げたペッパーだが、ストレンジはサノスと戦うトニーの映像をペッパーに見せた。
戦うトニーの姿は、エクストリミスの力に身を任せているのか、怒りしか感じられなかった。
「私はアイアンマンだ!」
そう叫んだトニーは、サノスに飛びかかった。そこまでは、まだいつものトニーだった。
だが、サノスを殺したトニーは、ペッパーの愛するトニーではなかった。彼は笑っていた。笑いながらサノスの首を切り落とした。
彼の瞳と表情は、残忍な殺戮者と化していた。
顔を上げたトニーが唇を舐めた。全身血飛沫を浴びた彼は、唇に付いた血を味わうように舐めた。その姿は、もはやトニー・スタークではなかった。
狂気に満ちたトニーの姿は、もはや救いようがないように見えた。
震えるペッパーの腕をストレンジが掴んだ。
「このままでは、彼が次のサノスになる。宇宙の殺戮者になる。スタークの心は力に飲み込まれてしまった。あれはもう、お前の夫ではない。スタークの姿をした悪魔だ。もはや救いようはない。やられる前にスタークを殺す。いいな?」
ペッパーはストレンジを見た。彼はトニーを殺すと言った。それを言いに来たのだ。
ペッパーは映像を見た。トニーはピーター・パーカーにじわじわとにじり寄った。凍り付きそうな程の笑みを浮かべたトニーは、ピーター・パーカーを嬲り殺すのを楽しもうとしているのか、笑い声を上げているではないか。
だが、あれは彼女の夫のトニー・スタークだ。ペッパーの愛する…世界でたった一人の男性だ…。
「ママ…」
モーガンがペッパーに抱き付いた。父親の映像を見たモーガンは、悲しそうに顔を歪めた。
「パパ…ないてるよ…」
自分には見えないが、モーガンには見えたのかもしれない。自分を取り戻そうと必死に抗おうとしている父親の姿が…。
この子は特別…。自分たちの大切な娘…。だからもしかしたら…この子ならトニーを救えるかもしれない…。
そう感じたペッパーは、戻ろうとしているストレンジのマントを引っ張った。
「待って!少しだけ時間を頂戴!トニーに会わせて…。それでもだめだったら…」
『トニーを殺して』
そんなこと言えるはずがなかった。
だが、振り返ったストレンジは頷くと、ポータルを開いた…。
***
あの時のトニーは本当に恐ろしかった。彼の瞳には誰も…自分とモーガンすら写っていなかったのだから…。
狂気に満ちたトニーを思い出したペッパーは、思わず身震いした。
妻の様子に、トニーは自分が酷いことをしたのでは…と思った。というのも、彼は何も覚えていなかったのだ。
サノスに刺され、止めを刺されそうになったことは覚えている。すぐに傷は回復したが、ここでサノスを倒さねば、ペッパーとモーガンに危害が及ぶと考えたトニーは、怒りに身を任せた。そこからは何も覚えていなかった。薄らと覚えているのは、『私はアイアンマンだ』と叫んだことだけ。だからサノスを自分が倒したという実感など何もなかった。
「私は宇宙一の極悪非道人になったのか?」
茶化すようにそう聞いてみると、ペッパーは小さく笑みを浮かべた。
「いいえ、あなたは世界を…いいえ、宇宙を救ったヒーローになったのよ」
そういうと、ペッパーは安心したように息を吐いたトニーの頬を撫でた。
「覚えてるの?」
トニーの様子から、彼があの時のことを覚えていないのは明白だった。だが、一応確認してみようと…どの時点で正気に戻ったのか、ペッパーは尋ねた。
「はっきりとは覚えてない。あの時サノスを倒せるのなら、どうなってもいいと願ったんだ。正直、どう倒したかも覚えてない。気がついたら、モーガンが手を握ってくれていた…。そして君が見えたんだ…」
何度か深呼吸をしたトニーは、握りしめたペッパーの手の甲にキスをした。
「ありがとう、ペッパー。いつも私のことを信じ、愛してくれて…。ありがとう…」
トニーは笑っていた。嬉しそうに笑っていた。そして彼は全てのことから解放されたように、スッキリとした表情だった。
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