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Day 5 (Wednesday, August 25): tony lives au

「モーガンちゃんのパパって、何してるの?」
ランチタイムに発せられたとある生徒の一言に、その場はしーんと静まり返った。
「パパはトニー・スタークよ。知らないの?」
溜息を吐いたモーガンはそう返したのだが、その生徒は本気で知らないようで、首を傾げているではないか。そこで、
「アイアンマン!知ってるでしょ?」
と、誰もが知っている名前を出してみたが、別の生徒たちが次々と口を開いた。
「でもアイアンマンって、もうヒーローから引退したじゃん」
「そうだよ。戦ってるの、見たことないし」
「本当はさ、弱いんじゃないの?世界を救ったのも嘘だったりして」
「アイアンマンって、昔のヒーローじゃん。今活躍しているヒーローの方が、カッコいいし強いよ」
好き勝手なことを言い始めた生徒たちだが、モーガン自身も、アイアンマンが実際に戦っているところは見たことがない。自分が産まれる前は、頻繁に活躍していたらしいが、幼い頃から父親が実際にアーマーを着ている姿は見たことがなかった。5年前に起きたあの戦いも映像はないし、あれ以来、引退した父親はアーマーを一度も着ていなかった。そのため、モーガンはアイアンマンの活躍を、昔の映像でしか見たことがなかったのだ。

まだ騒いでいる生徒たちに、モーガンはどう反論しようか必死で考えた。
会社のCEOはママだし、パパは会長で、開発部の責任者だけど、家のラボにいることの方が多いから、本当に時々しか会社には行ってない。最近はあちこちの講演会に呼ばれ、飛び回っているけど。先日MITで行われた講演会に付いて行った時、父親は皆に羨望の目で見られ、大歓迎を受けていた。アイアンマンの活躍を実際に見てきた人たちにとっては、パパはいつまでもヒーローらしいというのは知っている。だけど、お友達が言うように、その頃小さかった自分たちにとっては、アイアンマンは過去のヒーローなのかもしれない…。

「パパは元アイアンマンで元ヒーロー。今は世界一の開発者よ」
そう告げたモーガンは、足早にカフェテリアを後にした。

いつも送迎してくれるのは父親だが、今日のお迎えはハッピーおじさんだ。
(あ、そうだ。パパはいないんだ)
ヨーロッパでいくつか講演会があるため、父親は1週間不在なのだ。先程のやり取りを父親に話したかったが、話せば父親を困惑させるかもしれない。そう思ったモーガンは、自分の胸の内にしまっておくことにした。

——
それから1週間後。今日は父親が帰ってくる日だ。午前中には帰国し、そのまま会社に向かい会議に参加して、母親と共に学校まで迎えに行くと、昨晩の電話で父親は話していた。
『お土産を山程買ってるぞ。楽しみにしとけよ』と言っていたが、それよりも1週間ぶりに父親に会えるのだから、モーガンは楽しみで仕方なかった。
早く放課後になって欲しいのに、今日は課外活動で博物館に行くことになっている。それも、5年前のあの戦いを機に作られた、ヒーローたちの功績を讃える博物館だ。スターク・インダストリーズも多少は支援しているし、何よりあの戦いの最大の功績者であるため、オープニングセレモニーに父親は呼ばれた。モーガンも母親と一緒に行ったのだが、もう4年も前の話なのであまり覚えていない。
(今日はお休みすればよかったかも…)
先日のカフェテリアでの件を思い出したモーガンは、茶化してきた生徒たちにまた何か言われるかもしれないと思うと、気が重くなってきた。

「…では、時間まで自由に見学して下さい」
教師の声と共に、生徒たちは思い思いの場所に散らばって行った。モーガンは何処に行こうかと迷ったが、やはりアイアンマンの展示を見に行くことにした。
アイアンマンのコーナーには、歴代のアーマーのレプリカがずらりと並んでいた。他にも、ヒーローたちに提供した装備や武器なども沢山展示してあり、父親が他のヒーローたちの装備を全て作っていたと知らなかったモーガンは、驚いた。
「パパってすごい…」
ショーケースにへばりつき眺めていると、30代くらいの男性グループがやって来た。
「やっぱりアイアンマンが一番カッコいいよな」
「あんなにアーマーを開発してさ、しかも新しい技術をどんどん生み出して、トニー・スタークってやっぱり天才だな」
興奮気味に話しながら展示を見始めた男性たちだが、ため息を付いた。
「今もさ、大勢ヒーローはいるけど、アイアンマンに優るヒーローっていないよなぁ…」
彼らはきっと、アイアンマンが活躍していた時代を知っている世代だ。その彼らが褒め称えているのだから、モーガンは嬉しくてたまらなった。そこへやって来たのは、いつもモーガンを何かにつけてからかっている男子生徒たちだった。彼らはモーガンの方へちらりと視線を送ると、男性グループに告げた。
「アイアンマンってさ、アーマーがなかったら、何もできないじゃん」
「だっさいよな」
すると、男性グループは顔を見合わせた。彼らはムッとしたように子どもたちを見たが、次々に口を開いた。
「君たちは初代のアベンジャーズの戦いを見たことがないだろ?彼らはな、今のヒーローたちの礎を築いたんだ。今でこそ、ヒーローたちをみんな褒め称えてるけど、最初は文句を言う奴も多かったんだ。ヒーローたちが命をかけて戦っても、文句ばかり言う人間はたくさんいた。だけど彼らは戦い続けたんだ。地球を守るために」
「特に、アイアンマンはトニー・スタークとしても一番有名だったから、非難の矛先をいつも向けられていた。それでもトニー・スタークは、いつだって僕らの味方だった。アイアンマンとしてだけじゃなく、トニー・スタークは、いつも困っている人たちを助けてくれたんだ。だから彼はヒーローなんだ」
「彼はずっとすべてを掛けて敵と戦ってくれた。そして5年前の戦いで、彼は命をかけて地球を守ってくれた。僕たちがこうして生きているのは、アイアンマンのおかげなんだぞ」
そう言うと、男性グループは立ち去った。
モーガンは黙ったままだったが、男子生徒たちは嫌そうに男性たちを見ると、今度はモーガンを睨みつけた。
「お前がさっきの人たちに話せって頼んだんだろ?」
なぜそんなことを言うのかと、モーガンは目を見開くと叫んだ。
「私、そんなことしないもん!」
そう叫ぶと、モーガンは走ってその場を後にした。

走ってバスまで戻ったモーガンは、後部座席に向かった。後ろから2番目の窓際に座ったモーガンは、膝を抱えた。
どうしてあんな風に言われないといけないのだろうか…。悔しくて涙が出てきた。そして何も言い返せなかった自分が情けなかった。きっとああいう時にはパパとママなら、ちゃんと正しく説明できるのに…と、涙が止まらなかった。
「モーガンちゃん?どうしたの?」
後ろから声が聞こえ、モーガンは振り返った。すると後ろから女の子が顔を覗かせた。クラスメイトのティナだ。彼女は大人しいため、いつもみんなの輪に入れずに外からニコニコと眺めているような子だったが、モーガンは気が合うため、よく話をしていたのだ。
「何でもない」
涙を拭ったモーガンは、ティナの膝の上に数冊の本が置いてあるのに気づくと、首を傾げた。
「ティナちゃん、いつからここにいるの?」
するとティナは少しだけ悲しそうな顔をした。
「あたし、足が悪いでしょ?だからノロノロしてたらみんなに迷惑かけるから、すぐに戻ってきて本を読んでたの」
ティナは事故で右足を失い、義足をはめているのだ。そのことを思い出したモーガンは、どうして彼女はそんなに自分の足のことを気にしているのかと、眉を顰めた。すると俯いたティナは、消えそうな声で呟いた。
「本当はね…あたしもみんなと博物館に行きたかったの……。でも…」
泣き出しそうなティナに、モーガンは身を乗り出して告げた。
「じゃあ、今度、2人で来ようよ!そうしたら、ゆっくり見れるから」
するとティナは驚いたようにモーガンを見つめた。というのも、彼女はいつも右足のせいで、仲間外れにされていたからだ。だが、同時に思い出した。モーガン・スタークちゃんは、初めから私と普通に接してくれていたと…。特別扱いなどせず、他の健常者のお友達と同じように接してくれていたことを…。歩くのが遅い私と歩調を合わせていつも歩いてくれていたことを…。
それでもティナはまだ自信がなかった。そこで
「いいの?だって、あたしの足……」
と尋ねると、モーガンはにっこりと笑った。
「ティナちゃんの足、みんなと同じだよ?それにね、神様からの贈り物なんだって。パパが言ってたの。あたしのパパも、5年前に戦った時、右腕を失くしたから、義手をしてるの。だけどパパはね、パパの右腕はアイアンマンの手で、神様からの贈り物なんだって言ってたよ」
と、ティナの目から涙が溢れ落ちた。初めてだった。そんな風に言ってもらったのは…。嬉しくて、涙が止まらなかった。
「うん…」
涙を拭ったティナも、モーガンに向かって笑みを浮かべた。

暫くして、生徒たちが戻ってきた。モーガンの隣に、仲良しの友達が駆け寄ってきた。
「モーガンちゃん、もう戻ってたの?探したんだから」
「ごめんね」
謝罪するモーガンに、先日父親について尋ねた友達が興奮気味に告げた。
「モーガンちゃんのパパってすごい人なんだね!」
目をパチクリさせたモーガンに、他の友達も次々と告げた。
「あたしもアイアンマンのこと、あんまり知らなかったけど、今日ね、いろんなことを知って、すごいなって思ったんだ」
口々に称賛する友達に、モーガンは照れくさくなった。が、先程の男子生徒たちがコソコソと笑いながらこちらを見ているのに気づいたモーガンは、視線を伏せた。

そして、全員揃ったところでバスは発車したが、10分ほど走ると、橋の上で急停止した。
窓の外を見ると、大勢の人が叫びながら逃げているのが見えた。何かあったのかと、不安げに騒ぎ始めた生徒たちを、教師は安心させようとしたのだが…。

ドーーーン!!!

大きな爆発音が聞こえ、皆一斉に悲鳴を上げた。泣き出す女子生徒もおり、バスの中は大パニックだ。
「みんな、落ち着いて。この先で事故があったようなの。順番に、慌てず前の人からバスを降りるわよ」
なるべく冷静にと生徒を誘導し始めた教師と運転手だが、数台前に停車していたガソリンを積んだトラックが、爆発し炎上し始めると、子どもたちは我先にドアへと向かった。
「慌てないで!」
教師は叫んだが、橋の上にいる人々の逃げ惑う叫び声で、生徒たちはますますパニックになってしまった。
車を強引に動かし逃げようとする人もいるため、バスにぶつかり大きく揺れた。そしてバスは段々と橋の際に押しやられ始めた。

バスの態勢がかなり不安定になった頃、モーガンはようやく降りることができたが、ティナの姿が見えない。
「もしかして…」
バスから生徒を遠ざけようとしている教師の影からバスの中を覗くと、通路に倒れているティナの姿が見えた。
(ティナちゃんを…助けなきゃ!)
教師を押しのけたモーガンは、今や橋から落ちそうになっているバスの中に飛び込んだ。
「スタークさん!!!」
教師の声が聞こえたが、モーガンは必死だった。
「ティナちゃん!」
「モーガンちゃん……」
ティナはバスの座席に義足が挟まり、動けなくなっていた。
「大丈夫よ。大丈夫」
怖くて仕方なかったが、ティナを励ましたモーガンは、義足を動かそうとした。だが、自分の力では動きそうにない。
「ティナちゃん、義足が挟まって取れないの。外していい?」
頷いたティナの義足を外したモーガンは、彼女の肩を担ぐと立ち上がらせた。そして斜めになっているバスから逃げようと歩き始めた。
が、その時だった。
バスの近くのトラックが爆発し、衝撃でバスは吹き飛び橋の下に落下し始めた。
「キャー!!!」
モーガンは、左手でティナの手を握ると、右手で必死で座席にしがみついた。
(パパ……助けて!!!)
落下するバスの中で、モーガンは父親に助けを求めた。が、届くはずのない声に、覚悟を決めると目をギュッと閉じた…。

バスが空中で止まった。
そして水平になったバスは、ゆっくりと上昇し始めた。
「え……」
何が起こったのだろうかと、モーガンは窓の外に視線を移した。すると…。
「パパ!ママ!!」
何と、アイアンマンとレスキューがバスを持ち上げているではないか。
「アイアンマンだ!!!」
バスの末路を見守るしかなかった群衆の誰か叫んだ。その声に顔を上げた人々は、5年前に引退したヒーローの勇姿に歓喜した。

橋の上にバスを降ろしたアイアンマンとレスキューに、誰もが拍手を送った。やっぱりアイアンマンはヒーローだと、口々に言い合った。
アイアンマンが炎上する車を消火する間に、レスキューはバスの中に入った。
「モーガン!」
「ママ!!」
ティナを守るように抱きしめた娘の姿に、マスクを上げたペッパーはホッと息を吐いた。2人を抱きかかえたペッパーがバスの外へ出ると、消火を終えたアイアンマンが飛んでやって来た。
「モーガン、無事で良かった」
マスクを上げたトニーは青い顔をしていたが、娘の無事を確認すると、額の汗を拭った。父親と母親の姿を見たモーガンは、ようやく安心した。同時に先程の恐怖が蘇り、みるみるうちに目には涙が浮かんできた。するとトニーがモーガンを抱き寄せた。アーマーに顔を押し付けたモーガンは、父親にギュッと抱きつくと、静かに涙を流した。
すると…
「すごい!モーガンちゃんのパパとママ!」
「アイアンマンはやっぱりヒーローだ!」
と、生徒たちが一斉に手を叩き始めた。顔を上げたモーガンは父親を見上げた。すると父親はニヤッと笑うと、モーガンの背中を撫でた。
「モーガンに話があるみたいだぞ?」
父親の言葉に辺りを見渡すと、
「スタークさん、ごめんなさい。あんなこと言って…」
と、モーガンのことを揶揄った男子生徒たちが、謝りにやって来た。
「ううん、いいの」
慌てて首を振ったモーガンに、事情を知らないトニーとペッパーは顔を見合わせると、首を傾げた。

———
その夜、先日の一件をモーガンは両親に話した。
「みんなはそう言ってたけど、アイアンマンとパパは、いつだって私のヒーローだよ。それから、ママも!ママのレスキューもかっこよかった!」
救出劇を思い出したモーガンは、興奮気味に両親に告げたが、トニーとペッパーは真剣な面持ちで娘に向き合った。
「モーガンもヒーローだったんでしょ?聞いたわよ。お友達を助けるために、バスに戻ったって…。でもね、モーガン…、一歩間違えれば、あなたは死んでいたかもしれないのよ」
泣き出しそうな母親に、モーガンはハッとした。
あの時はティナを助けたいという一心で、後先考えずにバスに戻ってしまった。もし両親が助けにきてくれなかったら、自分は今こうやって両親と過ごすことができなかったのだ。
「ごめんなさい…」
しょんぼりと頭を垂れた娘の頭をトニーは撫でた。
「モーガンが友達を助けようとした勇気は素晴らしいんだ。困っている友達を助けようとしたモーガンのことをパパもママも誇りに思う。だがな、パパもママもモーガンには危険なことをして欲しくない。もしモーガンがあのまま命を落としていたらと思うと、パパもママも気が狂いそうなんだ。モーガン、約束してくれ。これからは危険なことは絶対にしないと…」
頷いたモーガンは、両親を見つめるともう一度頷いた。
「うん、約束する。もう二度と危険なことはしない」
ごめんなさいともう一度頭を下げたモーガンだが、どうしてあの時、両親が助けに来てくれたのかという疑問が浮かんできた。
「でも、どうしてパパとママは助けに来てくれたの?」
そう尋ねると、何故かトニーは気まずそうに目を逸らした。夫をチラリと見たペッパーは、娘に悪戯めいた笑みを向けた。
「パパはね、あなたの携帯電話に追跡装置を仕込んでるのよ」
「えぇ!!!」
驚いたモーガンはその場で飛び上がったが、トニーは頬を膨らませた。
「追跡装置じゃない。モーガンが危険な目にあったら、知らせてくれるだけだ。居場所をいつも探っている訳じゃないぞ」
唇を尖らせムスッとした顔をしている父親に、パパはどれだけ私のことが心配なのかしらと思ったモーガンだが、そのおかげで助かったのだからと感謝した。
(そうだ、パパはメカニックなんだ)
父親が世界屈指の開発者であることを思い出したモーガンは、父親ならきっと何とかしてくれると、お願いしてみることにした。
「ねぇ、パパ。お願いがあるの」
「何だ?」
モーガンはティナのことを父親に話した。するとトニーは胸を叩いて告げた。
「パパに任せておけ。パパの得意分野だ」

———
3日後。
新しい義足ができるまで、学校に行くことができないティナは、部屋に篭っていた。
本を読みながらティナはモーガンのことを思い出していた。危険を顧みず助けに来てくれたのに、あの時ちゃんとお礼を言うことが出来なかった。だから早く学校に行って、モーガンちゃんにお礼を言わなくちゃ…。
そんなことを考えていると、母親が部屋に入ってきた。
「ティナ、お友達が来られたわよ」
今日は土曜日だ。休日の朝から家に遊びに来てくれるような友達なんて今まで一人もいなかったのに、一体誰が来てくれたのだろうと、ティナが考えていると、母親の後ろからモーガンが顔を覗かせた。
「モーガンちゃん!」
ニコニコ笑ったモーガンに、ティナも笑顔になった。

ティナの部屋には、アイアンマンの人形がたくさん置いてあった。もしかしたら、彼女はファンなのかしら…と思ったモーガンは、それならなおさら彼女は喜んでくれるだろうと確信した。
「ティナちゃんにプレゼントを持ってきたの」
そう言うと、モーガンは後ろを振り返った。すると…。
「君がティナちゃんかい?モーガンの父親です」
何とあのトニー・スタークがやって来たのだ。友達の父親というよりも、アイアンマンとしてのイメージの方が強いティナは、目を丸くして固まってしまった。部屋を見渡したトニーは、アイアンマンの人形やポスター、本などが所狭しと並んでいるのに気づいた。ティナに向かってニコッと笑ったトニーは、抱えていた大きなケースを床に置いた。
「娘から聞いたんだ。君の足も神様からの贈り物なんだろ?」
「は、はい!」
目を見開いたまま勢いよく返事をするティナに、トニーは微笑んだ。
「実はな、おじさんはメカニックなんだ。だから君の足を作ってみた」
トニーは箱を開けた。すると中にはアイアンマンカラーの義足が入っているではないか。
「おじさんの腕と同じデザインだぞ」
右腕のジャケットの袖をめくると、同じ色合いの義手が見えた。トニーの義手と、ケースの中の義足を何度も見比べているティナに、トニーは告げた。
「よかったらはめてみてくれないか?」
頷いたティナは、トニーに手伝ってもらい、早速義足を付けた。今までの義足とは違い、違和感もなく、比べ物にならないくらいピッタリだった。
義足を調整したトニーは、ティナの手を持つと立ち上がらせた。まるで自分の本当の足のような感覚に、ティナは恐る恐る歩きだした。
(普通に…歩ける!)
今まではゆっくりとしか歩けなかったのに、スタスタ歩けるではないか。もしかしたら走れるかもと思ったティナは、走ってみた。全速力とまではいかないが、スムーズに動く義足にティナは大喜びだ。
「ママ!走れる!あたし、走れるよ!!」
ドアのそばにいた母親は泣いていた。母親の元に駆け寄ったティナの目にも涙が浮かんでいた。
「気に入ってもらえたかな?」
ウインクしたトニーに、母親は泣きながら頭を下げた。
「スタークさん、ありがとうございます…。本当にありがとうございます…」
何度も礼を言う母親に、自分もちゃんとお礼を言わなければと、ティナはトニーのそばに行くと、頭を下げた。
「モーガンちゃんのパパ、ありがとうございます。あたし、小さい頃から、アイアンマンがずっと大好きなんです。怪我をして右の足がなくなった時、アイアンマンも右の手がないって知ったんです。大好きなアイアンマンも頑張っているから、あたしも頑張ろうって、歩く練習も頑張ったんです。でも、ずっと嫌でした。みんなと同じじゃなくなったことが…」
鼻を啜ったティナは、目に浮かんだ涙を拭った。
「でも、この間、モーガンちゃんが教えてくれたんです。アイアンマン…ううん、モーガンちゃんのパパは、義手は神様からの贈り物だって言ってるって。そんなこと言ってくれたの、モーガンちゃんが初めてでした。あたしの義足も神様からの贈り物なんだって思ったら、あたし、この足が好きになったんです。今はもっと好きになりました。モーガンちゃんのパパがあたしのために作ってくれたこの足が…。本当にありがとうございます」
トニーに頭を下げたティナは、今度はモーガンに向かって頭を下げた。
「モーガンちゃん、ありがとう。モーガンちゃんはいつもあたしと普通にお話ししてくれるし、遊んでくれるから、あたし、ずっとうれしかったの。いつかありがとうって言いたかった。それからあの時、あたしを助けてくれてありがとう。モーガンちゃんはヒーローみたいにかっこよかったよ」
照れ臭そうに笑ったモーガンは、鼻の頭を擦ると、父親に視線を送った。トニーは笑っていた。嬉しそうに笑っている父親に頷いたモーガンは、ティナの手を握りしめた。
「ねぇ、ティナちゃん。今から博物館に行かない?パパが連れて行ってくれるって!」
顔を上げたティナは、目を輝かせた。するとトニーはウインクすると、立ち上がった。
「おじさんでよければ、案内するぞ」
満面の笑みで頷いたティナは見たことがないくらい嬉しそうだ。

モーガンは思い出した。先日博物館で出会った男性たちの言葉を…。
『アイアンマンとしてだけじゃなく、トニー・スタークは、いつも困っている人たちを助けてくれたんだ』
(そっか。だからパパは今でもみんなのヒーローなんだ)
勿論、生まれた時から父親は自分のヒーローだった。だが、今回の件で、何故今でも父親がみんなのヒーローなのか、ようやく分かった気がした。
だからもし今度父親について聞かれたら、モーガンはこう答えようと決めた。
『パパは元アイアンマン。だけど、世界一のメカニックのトニー・スタークは、今でもみんなのヒーローよ』と…。

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Day 4 (Tuesday, August 24): morgan stark/kids

『モーグーナ…パパのラボの引き出しを見てみろ…』
あの闘いから2ヶ月経ったクリスマスの朝。『パパが戻ってきますように…』とサンタクロースにお願いしていたモーガンは、夢の中で父親が笑いながらそう教えてくれたのだから、きっとパパからのプレゼントがあるのだと、足早にラボへと向かった。
どの引き出しにあるのか分からないが、家族写真が飾ってある近くの引き出しをまずは開けてみた。するとそこには、アイアンマンカラーの腕時計が入っていた。『モーガンへ』と父親の字で書かれたメモ用紙も。
父親からのプレゼントを、モーガンは早速腕にはめてみた。すると腕時計は光りだし、モーガンの身体は何かに覆われた。モーガンは気づいていなかったが、ラボの隅にある大きな機械も動き出した。何が起こっているのかさっぱり分からないモーガンだが、20101223という数字が現れた時計に触れた。途端にモーガンは、眩い光に包まれた。

———

気づけばモーガンは、ラボではない、別の場所にいた。芝生の広がる広場のような場所だが、周りには建物がいくつもそびえたっている。キョロキョロと見渡すと、『スターク・インダストリーズ』のロゴが見えた。ここはパパとママの会社のようだけど、自分が知っている会社とは違う…。一体何処なのだろうかと考えていると、背後から誰かが声を掛けてきた。
「おチビちゃん、迷子か?」
振り返ったモーガンは顔を輝かせた。それは、彼女の大好きなおじさんの1人、ハッピー・ホーガンだったのだ。
「ハッピーおじちゃん!」
が、ハッピーは戸惑った。というのも、見知らぬ少女にいきなり『おじさん』と呼ばれたから。もしかしたら自分が覚えていないだけで、少女とは顔見知りなのかもしれないが、ハッピーは一度会った人物の顔と名前は忘れない方だ。そこでハッピーは名前を聞けば思い出すかもしれないと、少女に尋ねてみた。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「モーガン・スタークです」
少女は『スターク』と名乗った。スタークと聞いて思い出す人物はただ一人。それは自分のボスであるあのスタークだ。
「念のために聞くが…君のパパは?」
恐る恐る尋ねると、少女は無邪気な笑みを浮かべた。
「パパはね、トニー・スタークよ。わすれたの?」
ハッピーはその場で飛び上がった。
「と、と、トニー?!?!」
驚きすぎて尻餅をついてしまったハッピーに、どうしてハッピーおじさんはそんなに驚いているのだろうかと、モーガンは首を傾げた。が、当のハッピーは、顔を真っ赤にしながら、やっとの思いで口を開いた。
「な、な、何歳だ?」
「4さいよ」
今度は青くなったハッピーは、慌てて電話を掛け始めた。
「…ボス!!大変です!!実は…」
キョロキョロと辺りを見渡したハッピーは、声を顰めると、早口で何か捲し立てた。そして乱暴に電話を切ると、モーガンを連れて近くのベンチに腰を下ろした。

汗を拭っているハッピーの隣に座ったモーガンは、彼を見上げた。
ハッピーおじちゃんは、いつもよりも随分若く見える。それに心なしか痩せている。が、父親が『また太ったか?』とからかうと、ハッピーおじちゃんは膨れていたことを思い出したモーガンは、黙っておくことにした。
そんなことを考えながらハッピーをじっと見つめいたモーガンだが、ハッピーはハッピーで、突然現れたこの少女をジロジロと観察していた。
「確かに…似てるな。トニーに…」
栗毛色の髪の毛も、大きな琥珀色の瞳も、少女は『父親』であるトニー・スタークにそっくりだった。そこで5年前のトニーの女性遍歴を思い返してみたが、逆に思い当たることだらけで、見当もつかず、結局考えるのを止めた。

しばらくしてそのトニーが慌ててやって来た。
「ハッピー、一体どういうことだ?隠し子?4年か5年前といえば、確かにまだ遊んでいた頃だが…」
ブツブツと文句を言いながら近づいてきたトニーの声に気づいたモーガンは顔を上げた。
するとそこにいたのは、確かに父親…トニー・スタークだった。随分と若く見えるが、確かに父親だ。
モーガンは急いで立ち上がった。するとトニーも立ち止まった。トニーは訝しげに自分の娘と名乗った少女を見つめた。自分に似ている少女は、目を潤ませこちらを見つめてくるのだから、トニーは少しばかり居心地が悪くなってきた。

会いたくて仕方なかった父親。サンタさんがクリスマスのお願いを叶えてくれた…。
唇を尖らせたモーガンは、
「パパ……」
と囁いてみた。が、父親は困惑した表情で見つめてくるばかりだ。ポロポロと涙が溢れ始めた。父親に会えた嬉しさと同時に、自分を見てもニコリとも笑ってくれない父親に対する悲しみで、モーガンは号泣し始めた。
泣き始めた見知らぬ少女にトニーは慌てた。
「お、おい…」
少女と目線を合わせようとしゃがんだトニーに、モーガンは抱きついた。
が、トニーを『パパ』と呼びながら泣く少女の姿は、否応がなしに目を引く訳で…。
とりあえずどうにかしようと、トニーは少女を抱き上げるとその場から逃げるように走り出した。

何処か落ち着ける部屋で少女から話を聞こうと考えたトニーだが、今やCEOの座はペッパーに譲ってるし、残念ながら会社内に自分の部屋はない。そこで仕方ないので社長室…つまりは、ペッパーの部屋に向かうことにした。

「ペッパーは?」
「会議中です」

ペッパーにどう説明すればいいのだろうか。隠し子が現れたなんて言えば、ペッパーはどう反応するだろう…。

溜息を付いたトニーだが、まだグズグズ泣いている少女はトニーのジャケットを握りしめたまま肩に顔を埋めているため、高級ブランドでオーダーしたジャケットは、涙と鼻水だらけだ。聞こえないように小さく舌打ちしたトニーは、部屋に入るとソファに少女を下ろした。そして隣に座ると、咳払いをした。
「で、ハッピー。おチビちゃんの名前は?」
「モーガンというらしいです。年は4歳」
ハッピーに視線をチラリと送ったトニーは、少女の濡れた頬をハンカチで拭き取った。
「モーガンというのか、お嬢ちゃんは」
「うん」
「で、父親は私なのか?」
「うん!」
ニコニコと笑った少女は嘘をついているように見えなかった。これは本当に自分の娘で間違いなさそうだと、疑うことを半分諦めたトニーは、少女の母親…つまりはお相手である女性が誰なのかが気になりだした。
「…母親は?母親…いや、モーガンのママの名前は?」
少女に尋ねると、彼女は即答した。
「ペッパーだよ」
トニーとハッピーは顔を見合わせた。ハッピーにいたっては、最早ぶっ倒れそうな勢いだし、トニーも目をまん丸に見開いて、固まってしまった。
確かにペッパーとはつい半年ほど前に恋人になったが、それまでは『清い関係』だったから、そういうことをした覚えはない。それとも少女の母親もまた、ペッパーという愛称の持ち主なのだろうか…。

見るからに混乱している父親に、モーガンは目の前にいる父親は自分の知っている父親ではないのでは…と、疑い始めた。が、自分の知らない父親のいる世界に来てしまうなんて、魔法でも使わなければできないことだから、そんな非現実的なことは起こりはしないのだと、無理矢理思い込もうとした。
と、そこへ、ペッパーが戻ってきた。
「あら?トニー、どうしたの?」
珍しくトニーが連絡なく部屋にいるのだ。何か悪いことでもあったのかと身構えそうになったペッパーだが、トニーだけではなくハッピーと、そして見知らぬ少女がいるのに気づいた。一体少女は誰なのかと尋ねようとしたペッパーだが…。
「ママ!」
駆け寄ってきた少女に抱きつかれ、ペッパーは固まってしまった。暫くなすがままになっていたペッパーだが…。
「…ど、どういうこと?!!!!トニー!!!どういうことなの?!!!!!!」
と、叫び声を上げた。

少女に関して分かっていること。それは、名前はモーガン。年は4歳。父親はトニー・スターク、母親はペッパー・ポッツ。会社の中庭に佇んでいるのをハッピーが発見した…。それだけだった。

「…で、この子は本当に本当に、私とトニーの娘なの?」
「本人がそう言うんだ。そうなんだろう」
肩を竦めたトニーを、ペッパーはジロリと睨みつけた。
「でも、私たちには全く覚えがないわ。そうでしょ?」
そうは言ったものの、ペッパーはトニーの隣でジュースポップを食べているモーガンと名乗った少女を見つめた。確かにトニーにそっくりだ。そして自分にも似ている。だが、トニーとは半年ほど前にそういう関係になったばかりなのだから、辻褄が合わない。
トニーに視線を戻すと、彼は『だから信じるしかないだろ?』というように、もう一度肩を竦めてみせた。
と、ここで、トニーはモーガンの腕にはまっている時計のような物に気づいた。
「なぁ、これ、カッコいいな。モーガンのか?」
するとモーガンは、ジュースポップを食べる手を止めると、トニーを見上げた。
「パパがつくったんだよ。ゆめにね、パパがでてきたの。パパからのプレゼントなの」
「え??」
話が見えないと、首を傾げるトニーに気づいていないモーガンは、話し続けた。
「あたしがね、サンタさんにおねがいしてたの。パパにあいたいって。パパがいないとさみしいから、パパをかえしてって。ママもね、まいにちないてるの。パパからのプレゼントをさわったら、パパとママにあえたんだよ」
欠伸をしたモーガンはトニーの膝の上で丸くなった。
「あたしね、パパにあえてうれしいよ……。パパ、だいすき……」
モーガンはすぐに寝息を立て、眠ってしまった。
膝の上で眠ってしまった少女に、トニーは困ったようにペッパーを見つめた。
「どうする?」
自分たちの『娘』というのだから、このまま放っておく訳にはいかない。溜息を吐いたペッパーは、頭を抱えるとトニーに告げた。
「ここに置いておく訳にもいかないわ。連れて帰りましょ?」

———

家に戻ると、トニーはゲストルームにモーガンを寝かせた。安心しきった顔で眠るモーガンの頬を、トニーはそっと撫でてみた。するとモーガンはくすぐったそうに笑った。
正直子供は苦手だ。子供とは、どう接すればいいのか分からない。だからハッピーから『隠し子が会いにきた』と電話を貰った時、嫌悪感すら感じた。だが、実際にモーガンと会い、そしてペッパーとの娘だと知った今、娘のことを可愛いと思うようになっていた。
「それにしても…お前は一体何処からきたんだ?まるで未来……」
トニーはモーガンの言葉をふいに思い出した。
『パパからのプレゼントをさわったら、パパとママにあえたんだよ』
「もしかして…」
トニーはモーガンの腕時計を外した。
もしこれが、タイムトラベルが出来る装置なら?この子は未来からやって来たのなら?それなら話も辻褄が合うのでは…。
J.A.R.V.I.S.に調べさせれば、何か分かるかもしれないと、トニーはゲストルームをそっと後にした。

部屋の外ではペッパーが待ち構えていた。
「あの子は?」
「ぐっすり眠ってる」
頷いたトニーに、ペッパーは安心したように息を吐いた。
「どういうことなのかしらね?あの子の…モーガンの言っていることって…。まるで未来からタイムスリップしてきたみたいでしょ?」
「それを調べようと思って、借りてきた」
腕時計を見せると、ペッパーは任せるわと、大きく頷いた。
「私は夕ご飯を作るわ。モーガンも起きてくるでしょうし」
「その間に、私はこいつを調べてみる」
2人は足音を忍ばせ、それぞれキッチンとラボへと向かった。

「J、この分析を頼む」
ラボに降りたトニーは、早速J.A.R.V.I.S.に命じた。
数分後、あっという間に分析し終えたJ.A.R.V.I.S.は、モニターに結果を映し出した。
『トニー様、こちらは現在の技術では構築不可能な物で出来ております』
「つまり?」
『未来で作られた物です』
やはりそうだった。あの少女は未来からやってきた自分たちの娘なのだ。だが、一体どういう目的でやって来たのだろうかと、トニーが頭を捻っていると、J.A.R.V.I.S.が別のモニターに何かを映し出した。
『トニー様、内部にデータがございました。トニー様へのメッセージが…』
それを見たトニーは、驚愕のあまり目を見開いた。何とモニターには、
『過去の私へ向けて…。2023年9月 トニー・スターク』
と表示されていたのだ。
恐る恐るモニターに触れると
『トニー・スターク、100%一致しました』
と音声と共に、映像が流れ始めた。

現れたのは、何と自分だった。年はとっているが、間違いなく、トニー・スタークだった。
すると、映像の中の未来のトニーが話し始めた。
『今は2023年9月…いや、10月1日だ。過去の私へ向けてメッセージを残す。気づいてくれればいいが…』
一息付いた未来のトニーは、画面越しに真っ直ぐこちらを見つめた。
『2010年のトニー、君がこのメッセージを見ているのなら、私はこれから向かう任務で命を落としたということだろう。娘が…モーガンが悪戯をして、タイムトラベルの装置を起動していなかったら…の話だが。突然未来から娘がやって来て驚いただろ?だが、あの子は紛れもなく、君とペッパーの娘だ。君たちはまだ付き合い始めて半年程だろうが、これから色々なことがあってだな…。実際にペッパーと結婚したのは、2018年だ。そしてモーガンが2019年に産まれた。モーガンは私にとって希望だった。詳しくは後で話すが…今私が生きているのは、ペッパーとモーガンがそばにいてくれるからだ。だから何があっても娘のことは守りたい。例え命を落としても…。そう思っている。娘はまだ4歳だ。私が急にいなくなれば、恋しいと泣くだろう。私だって本当は、娘のそばにずっといたい。だが、それは叶わぬ夢になってしまうようだ…』
小さく息を吐いた未来のトニーは、視線を伏せると再び話し始めた。
『もしも、過去が変えられるなら、今の結末にならないように変えられるなら…妻と娘といつまでも幸せに暮していける…、そんな未来が一つくらいあってもいいんじゃないかと考えた。勿論、過去を変えるなんて犯してはいけない大罪だ。だが、娘のことを思うと…』
小さな涙を流した未来のトニーは、その涙を拭った。
『2010年を選んだのは、今思えば分岐点だったからだ。いいか、よく聞いてくれ。この腕時計はタイムトラベルの装置になっている。本体はここ、君たちから見れば未来の世界にあるから、このメッセージを見たら、時計のリセットボタンを押し、娘を元の世界に帰してくれ。娘はタイムトラベルをした瞬間に戻るから大丈夫だ』
深呼吸をした未来のトニーは、手元にある紙を見た。
『では、これから起こることを掻い摘んで説明する。まずは、2012年、ロキという神様が宇宙人を引き連れてNYを襲撃する。先週着工したばかりのスターク・タワーを舞台に、君たちは宇宙人と戦うことになる。ロキの目的は、四次元キューブという物だ。ニック・フューリーはそのキューブの力を利用しようとしているが、その前にキューブはソーというロキの兄の神様に返せ。ここからは、未来が変われば起こらない出来事かもしれないが、一応伝えておく。2012年のクリスマス、マンダリンの事件が起こる。マンダリンの正体は、A.I.M.率いるアルドリッチ・キリアンだ。こいつはペッパーの元上司だが、まずはペッパーに接触してくる。1999年スイスのベルンで君も会ったことがある、マヤ・ハンセンという植物学者の開発しているエクストリミスを利用し、キリアンはテロ事件を起こした。マリブの家も襲撃される。阻止できれば一番いいが、もしキリアンが事件を起こってしまったならば、先手を打って動け。そして君はエクストリミスを完成させろ。が、絶対に破棄するな。もしもの時のために、常に持ち歩け。何かの時に役に立つだろう。その後、君はアイアンマン軍団を作り、ウルトロンを作ろうとするが、ウルトロンは暴走する。絶対にウルトロンは作るな。何があろうと…だ。その後も色々なことが起こるが、重要なことだけ話そう。2012年にNYで起きた戦いで、サノスという奴に地球は目をつけられる。サノスは2018年、地球にやって来る。インフィニティ・ストーンという石を求めて…。ロキが狙っていた四次元キューブも、その石の一つだ。石を全て集めたサノスは、それを使い、全宇宙の半分を消してしまった。サノスはその後、私の仲間が殺した。私たちは…私もペッパーも、ハッピーもローディも生き残ったが、地球はそれからまるで廃墟のようになってしまった。私もその戦いで失った物が大きすぎ、心が壊れそうになった。そんな時だ。モーガンが生まれたのは…。暗闇の世界の中で、モーガンは光だった。あの子がいるから…小さな手で私の手を握りしめてくれたから…愛してくれたから、私は生きてこれた。だが、2023年、ふとしたことから、タイムトラベルの装置が完成した。過去に戻り、石を集め、サノスが消した物を元通りにする…それがこれから私が向かう任務だ。うまくいくかは分からない。戻って来れないかもしれない。成功しても、私は命を落とすかもしれない。モーガンともう二度と会えないかもしれない…』
未来のトニーが言葉を切った。彼は泣いていた。静かに涙を流していた。暫く俯いていた未来のトニーは、顔を上げると涙を拭った。
『トニー、頼む。私はモーガンと4年しか過ごせなかった。きっと娘は…今は寂しいと泣くだけだろうが、何も言わずに死んでしまった父親を、いつか恨むかもしれない…。過去を変えてくれ。君は、ペッパーとモーガンを幸せにしてくれ…。私が出来なかったことを、君は娘にしてやってくれ…。そのために、タイムトラベルの装置をモーガンのために作り改良した。行き先は2010年12月23日。私からの娘への最後のクリスマスプレゼントだ。そして君の元に向かった私の娘に伝えて欲しい。パパはずっとモーガンのそばにいると…。モーガンのこと、ずっと愛してると……。』

メッセージは終わった。真っ暗になったモニターを、トニーは黙って見つめていた。
未来の自分の悲しみと苦しみ、無念さと絶望が伝わり、涙が浮かんできた。
最愛の娘と引き離され、死を迎えた自分は、一体最期に何を思ったのだろうか…。本当は死にたくなかったに決まっている。それなのに、死ななければならなかった未来の自分のいる2023年は、一体何が起こったのだろうか…。

「トニー?何か分かった?」
いつの間にかペッパーがやって来ていたようで、青い顔をして泣いているトニーに、ペッパーは何事かと慌てた。
「どうしたの?」
小さく首を振ったトニーは、先程の映像をもう一度再生した。

———
見終わったペッパーも泣いていた。泣きじゃくるペッパーの肩を抱き寄せたトニーの目にも新たな涙が浮かんでいた。

「…つまりモーガンは、未来を変えるために…2023年で命を落とした未来のあなたが送り込んだってこと?」
しゃくり上げながら尋ねるペッパーに、トニーは小さく首を振った。
「そういうことになるだろうな…」
これから起こることを知ってしまった。過去を…いや、これから起きる未来を変えなければ、未来の自分が歩んだ道と同じ道を歩むことになり、13年後に自分は死ぬのだ。
「どうすればいいんだ…」
頭を抱えたトニーにペッパーは抱きついた。
ペッパーだってトニーを失いたくない。トニーが自分を犠牲にするのを、黙って見過ごすことはできなかった。先程未来のトニーが語ったことが起こらなければ…それを回避すれば…いや、どの出来事も起こるべくして起こるのなら、何か一つでも順番が狂えば、未来は変わる可能性が高い。自分が今すぐできることといえば……。
必死で考えたペッパーは思いついた。今すぐにでも出来、そしてなおかつ、この先いつかはその日を迎えるであろうこと…それは…。

「トニー、結婚しましょ?」
突然プロポーズされたトニーは、その場で飛び上がった。
「えっ?!!!」
一体何を言い出すんだと、目を白黒させているトニーをペッパーは可愛らしく睨みつけた。
「13年後の世界では、結婚して娘もいるんでしょ?それに、私のこと、2018年まで待たせる気なの?」
「それは…」
恋人になったばかりだが、ペッパーとはこの先ずっと共にいたいと思っているのは、トニーも同じだった。だが、プロポーズは自分から…それもとびっきりのシチュエーションでしようと計画していたのに、このタイミングで…しかもペッパーからされたのだから、トニーとしても戸惑いの方が先に来てしまったのだ。
「それとも、私と結婚する気はないの?」
目をスッと細めたペッパーに、トニーは慌てて告げた。
「そんなことはない!その証拠に…」
ポケットに手を突っ込んだトニーだが、アレはハッピーに『警護』させているんだったと思い出すと、J.A.R.V.I.S.に彼を呼ぶよう告げた。
ものの数分で姿を現したハッピーに、トニーは尋ねた。
「ハッピー、警護させていたアレを持っているか?」
すると、パッと顔を輝かせたハッピーは、嬉しそうにポケットの中を探り始めた。
「もちろんですよ!2年前からずっと持ち歩いてました!」
ハッピーはトニーに何かを渡した。するとトニーは立ち上がるとペッパーの前に跪いた。
「ヴァージニア・ポッツさん、結婚してください」
指輪を差し出すと、ペッパーは驚きのあまり口を押さえたが、大粒の嬉し涙を溢れ始めた。
「トニー……」
左手を差し出したペッパーに指輪を嵌めると、立ち上がったトニーはペッパーを抱き寄せた。
「2年も前から婚約指輪を用意していたなんて、おかしな話だろ?まだ君と付き合ってもなかったのに。だが、アフガニスタンで囚われた時、気づいた。君は私にとってかけがえのない存在だと…。だからいつか君に想いを伝えようと考えて、指輪だけ買っていたんだ」
照れ臭そうに笑ったトニーに、ペッパーも笑いながらキスをした。
「私も、あなたなしの人生なんて考えられないわ…」
2人はキスをし始めた。ハッピーの存在など忘れてしまったかのように、硬く抱き合い甘い口付けを繰り返していたのだが……。

「水を差すようで悪いんですが…あの子は何者か分かったんですか?」
ハッピーの声に我に返った2人は、同時に彼に向かって告げた。
「未来から来た、私たちの娘だ」
「そう、私たちの娘」
2人の言葉に詳細を知らないハッピーは、口をあんぐり開けたままだ。
「み、未来?!」
「2023年の世界ですって。信じられないでしょうけど、本当のことなのよ」
あのペッパーですらそう言っているのだから、ハッピーもそう信じるしかなかった。

「よし、あの子を未来に帰そう」
モーガンが来た目的は分かったのだから、本来の居場所に帰そうとトニーはしたのだが、ペッパーはそれを押し留めた。
「トニー、クリスマスまで待ってあげて。あの子の世界には、父親であるあなたはもういないのよ?モーガン、あなたに会えるように、サンタさんにお願いしたって言ってたわ。だから…」
それはトニーも気になっていた。健気にもモーガンは『父親と再会すること』をクリスマスプレゼントとして願い続けていた。だからこのままモーガンを帰すのはかわいそうだと思っていたのだ。
「そうだな」
頷いたトニーは、早速明日参加予定だった某セレブ主催のパーティーをキャンセルするようハッピーに告げた。
そしてペッパーと共に、夕食の準備をするためキッチンへと向かった。

『トニー様、ミス・スタークが目を覚まされました』
モーガンが起きたことをJ.A.R.V.I.S.から知らされたトニーは、ゲストルームへ向かった。
ベッドの上に座り込んだモーガンは、まだ眠そうに目をこすっていた。
「おはよう、お姫様。目が覚めたか?」
「パパ!」
手を伸ばしたモーガンを抱き上げたトニーは、彼女の頬にキスをした。
事情を知った今、腕の中の未来の娘が愛おしくてたまらなくなった。
「腹減っただろ?ペッパーが美味いものを山ほど作ってくれたぞ」
「ママのごはん、おいしいもんね!」
ふふっと笑ったモーガンは、甘えるようにトニーに抱きついた。そんなモーガンを抱きしめたトニーがキッチンへ向かうと、テーブルには子供が好きそうな料理が所狭しと並んでいた。
「モーガンが好きなもの、ある?」
「ママがつくったごはん、ぜーんぶすきだよ!」
両手を広げ喜ぶモーガンは可愛らしく、髪をくしゃっと撫でたトニーは、モーガンを椅子に座らせた。

その夜、真ん中にモーガンを挟み、3人は同じベッドで眠った。モーガンはトニーとペッパーの手を握りしめ、ぐっすり眠っていた。
「この子が育った未来の世界は大変なところだったのかもしれないけど、未来のあなたはこの子を大切に育てていたのね」
「それは君も同じだろ?未来のペッパーは今と同じく完璧な女性だから、モーガンは純粋で素晴らしい子に育っているんだ」
視線を合わせた2人は微笑みあったが、ペッパーはすぐに悲しそうに顔を歪めた。
「でも、この子はまだ4歳なのに…大好きな父親と引き離されなくちゃならなかったなんて…」
「未来の私も辛かっただろうな…。だが、君たちを守るためなら死んでもいいという思い、分からなくもない」
「え…」
瞬きをしたペッパーの手を、トニーは空いている手で握りしめた。
「私は君を…ペッパーを守るためにずっと戦ってきた。君を守るためなら命だって惜しくないと思って戦ってきた。だが、未来の私の言葉を聞いて…そして父親を亡くした娘の姿を見て気づいたんだ。自分を犠牲にして世界を守っても、残された大切な人の悲しみや苦しみは消えることはないと…」
ふぅと深呼吸をしたトニーは、唇を震わせているペッパーに向かって微笑んだ。
「だから決めた。もちろん、君といつか会えるモーガンのことは命をかけて守る。だが、命をかけるような状況にならないように、未来の私が教えてくれた出来事が起きないように、絶対に回避してみせると…。それから…」
うんうんと頷いたペッパーの目には涙が光っていた。そのため、トニーは言いかけていた言葉を飲み込んだ。『役目を終えたら、アイアンマンは引退する』という言葉を…。

———
翌日。
子供用の洋服も何もないのは困ると、ペッパーはクリスマスの準備も兼ねて買い物に出かけた。その間、トニーはモーガンと留守番をすることになったが、子供というものは、何をすれば喜ぶのか分からない。そこでトニーはモーガンをラボに連れて行くことにした。
モーガンはラボの中に入ると感嘆の声を上げた。
「あ!ダミーとユーだ!」
顔馴染みのロボットアームに駆け寄ったモーガンは、突然の訪問者に驚くアームたちの様子に気づくこともなく、今度は壁一面に並んだアイアンマンのアーマーの元に向かった。が、アーマーは実際には見たこともないデザインのものばかりだった。父親と母親に読んでもらった絵本では見たことがあるが…。
黙ったままアーマーを見上げているモーガンにトニーは尋ねた。
「モーガンのパパのトニーも、アイアンマンだろ?」
「うん。でも……」
暗い顔になったモーガンは俯いてしまい、今にも泣き出しそうだ。
「どうした?」
泣きそうなのに何も言わないモーガンに、トニーはもしや…と思った。未来の自分は戦いの場で命を落としたのではないかと…。
「モーガンのパパは…アイアンマンの仕事に行って、戻って来なかったのか?」
口に出すつもりはなかったのに、トニーはそう言葉に出してしまった。と、モーガンが顔を上げた。彼女の目には大粒の涙が浮かんでいた。
泣かせてしまったと、トニーは鼻の頭を叩いた。
「モーガン、すまない。君のパパのことを思い出させてしまって…」
慌てふためくトニーに、モーガンは顔を歪めた。
「やっぱりパパは……あたしのパパじゃないんだよね…」
静かに涙を流し続けるモーガンにトニーの胸は痛んだ。こんなにも愛おしい娘を遺し、未来の自分は死ななければならなかった。どんなに辛く苦しく悲しいことだったのだろうと…。
しゃがみこんだトニーは、モーガンを抱き寄せた。
「なぁ…今の私は君のパパではないが……いつか君のパパになるんだ。だから、君のパパと私は同じトニー・スタークだぞ?」
心に浮かんだ思いを率直に言ってみた。自分でも何を言っているのか分からなかったが、とにかく例え父親になる前であっても、モーガンのことを愛していると伝えたかった。
すると顔を上げたモーガンは、トニーの言いたいことが分かったのか、少しだけ笑みを浮かべた。

モーガンは気づいていた。いや、もうとっくに分かっていたが、何となく認めたくなかっただけだった。
自分は昔のパパとママのいる時代に来てしまったということ、自分が生まれるうんと前の時代だから、パパもママも戸惑っていたのだということを…。
でも、もしかしたら、何か目的があって、パパはあたしをこの時代に送り込んだのでは…。それだったら、パパが死んだ時の話を、昔のパパにしてあげないといけない。きっとパパはそうして欲しいって思っているだろうから…。

小さな胸でそんなことを考えたモーガンは、涙を拭うとその場に座り込んだ。つられるようにトニーが腰を下ろすと、モーガンはトニーに話し始めた。
「あたしのパパね、あたしのことをまもって、わるいひとをやっつけて、しんじゃったの。ママがおしえてくれた…」
つまり、あのメッセージで見た未来のトニー・スタークは、タイムトラベルの任務は成功したが、その後何らかの戦いがおき、命を落としたのだ。だからアイアンマンの話をした時、モーガンは泣き出したのだと、目を閉じたトニーは小さく唸った。
「アイアンマンのおしごとにいってくるねってパパとバイバイしたの。ママもね、アイアンマンのおようふくをきて、パパのおてつだいをしたんだよ。だからママはパパとおうちにかえってくるって、あたし、ハッピーおじちゃんとおるすばんしてたの」
「そうか…」
ペッパーもその戦いに参加していた…。それだけ大きな戦いだったということなのだろうが、戦った敵は誰だったのだろうか…。モーガンは知らないかもしれないが、今後の参考に、トニーは聞いてみることにした。
「モーガンのパパがやっつけた悪い奴の名前、分かるか?」
首を傾げたモーガンは何やら考えていたが、思い出したのか、頷いた。
「えっとねぇ…さのすってひとだって、ママがいってたよ」
「サノス…」
その名には聞き覚えがあった。未来の自分が話した出来事に、その名前は出てきた。
世界を半分消し去った男。確か仲間がサノス殺したと言っていたはずだが…。
もしかしたら未来の自分たちはタイムトラベルで例の石を集め、世界を元に戻したが、そのタイムトラベルを利用して、昔のサノスがやって来たのかもしれない。そしてトニー・スタークの犠牲により、サノスは滅び、世界は救われたのだろう。
黙ったままのトニーをちらりと見たモーガンは、再び話し始めた。
「でもね…ママしかおうちにかえってこなかったの。ママね、ないてた。パパはわるいひとをやっつけて…てんごくにいったって……。パパはあたしにあいたいっていってるから、パパのところにいこうって。だから、ママといっしょにパパにあいにいったの。パパ、ねんねしてた…。みぎのおててがなくなっちゃって…おかおもいたいいたいになってて…。おかおもおててもつめたかった……。あたしね、パパがいなくなって、かなしかった…。パパはいつもあたしといっしょにいたし、たのしいおはなしをしてくれたし、いっぱいあそんでくれたのに…。もうパパにだっこしてもらえないから…。いっしょにジュースポップもたべれないから…。おばけがでても、パパはやっつけてくれないから…。あたしもかなしいけど、ママはもっともっとかなしいんだよ。ママね、なかないでがまんしてるけどね、よるにね、ないてるの。パパのおしゃしんをだっこして、まいにちないてるの…。パパね、わらってるママがだいすきだったの。あたしもわらってるママがすき。だからね、あたし、サンタさんにおねがいしたんだ。パパがおうちにかえってきますようにって…。そしたらね、パパからのプレゼントがみつかったの」
デスクの上に置いてある腕時計をモーガンは指差した。
「パパのプレゼントにさわったら、まぶしくなって、あたし、おめめをぎゅーってしたの。そしたら、パパがいたの。あたし、ビックリした。パパはしんじゃったのに、もどってきてくれたっておもったの。だった、パパのおてて、おんなじだったの。だっこしてくれたパパは、あたしのパパとおんなじだった。だけど…パパはあたしのパパじゃないんだよね…。あたしのパパはしんじゃったから、もうおうちにもどってこないんだよね…。でもね、うれしかったよ。またパパにだっこしてもらえたから…。パパとおはなしできたから…」
そう言いながら笑ったモーガンだが、みるみるうちに大粒の涙が溢れ、モーガンは声を上げて泣き始めた。
泣きじゃくるモーガンをトニーはギュッと抱きしめた。小さな背中を撫でながら、トニーは考えた。未来の自分が娘に言い遺したかった言葉を…。
何度も深呼吸をして涙を堪えたトニーは、モーガンに話し始めた。
「なぁ、モーガン。覚えておいてくれ。君のパパは、死ぬ間際も、モーガンに会いたかったはずだ。モーガンに愛してると伝えたかったはずだ。本当はモーガンのそばにずっといたかったはずだ。モーガンともっといっぱい遊びたかったはずだ。だから君のパパもモーガンに会いたくて、きっと天国で泣いている…。だけどな、モーガン。そのサノスっていう悪い奴をやっつけないと、サノスはモーガンの所にやって来たかもしれないんだ。だからモーガンを守るために、君のパパは命をかけたんだ。モーガンのことを愛しているから、命を捨ててサノスを倒したんだ。モーガンのことを、君のパパは世界一大切に思っていた。だからこれからモーガンが大きくなっていく世界を守りたかった。その世界に君のパパはもういないと思っているだろ?違うぞ。君のパパはモーガンのそばにずっといる。目に見えなくても、モーガンのことをずっと守ってくれている。だからモーガンは、毎日楽しく過ごしてるって、君のパパに見せてあげて欲しい。君のパパが出来なかったことを…経験できなかった世界を、君の目を通して見せてあげて欲しい。そうしたら、天国にいる君のパパはきっと安心するから…」
分かりやすく話したつもりだが、小さなモーガンにどこまで伝わったか分からない。だが、真剣に聞いていたモーガンは、トニーの話が終わると、顔を上げた。そして目に浮かんだ大粒の涙を拭い、笑みを浮かべた。
涙で濡れた娘の頬を袖口で拭ったトニーは、そっとキスをした。
「明日はクリスマスだ。モーガンとパパとママと3人で、クリスマスパーティをしないか?」
するとみるみるうちに笑顔になったモーガンは
「うん!する!!」
と、小さな手を叩いて大喜び。
すっかり元気を取り戻したモーガンを抱き上げたトニーは、リビングへと向かった。

ペッパーが帰宅すると、少し出かけてくると告げたトニーは、モーガンへのクリスマスプレゼントを買いにショッピングモールへと向かった。
4歳の女の子は何が好きなのだろうか…。あまり大きいものだと、未来へ持って帰れないかもしれない。
悩んだトニーは暫くウロウロしていたが、とある店で、最高のプレゼントを見つけた。きっとこれならモーガンは喜んでくれると確信したトニーは、ラッピングしてもらうと、意気揚々とショッピングモールを後にした。

帰宅すると、家中クリスマスソングが大音量で流れており、キッチンからは楽しそうな声が聞こえてきた。プレゼントをツリーの下に置いたトニーがキッチンへ向かうと、モーガンはペッパーと共にクッキーやケーキを作っていた。
「パパ!おかえり!」
「お帰りなさい」
モーガンとペッパーに『おかえり』と言われたトニーは、これが家族というものなのかと、胸がいっぱいになった。
粉だらけになりながら、一生懸命手伝っているモーガンは、クルクルと表情を変えている。その可愛らしい姿をトニーは椅子に座り眺めていたが、
「パパもいっしょにしよ!」
と、モーガンはトニーに向かってクッキー型を差し出した。が、トニーがそれを受け取る前にペッパーが口を挟んだ。
「モーガン、パパは料理ができないのよ」
悪戯めいた笑みを浮かべたペッパーに、トニーは思わず顔を顰めた。が、何か思い当たる節があったのか、あっ…というような顔をしたモーガンは、持っていた型をサッと引っ込めると慌ててトニーに告げた。
「パパはすわって、いいこにしてて!」
「はい、分かりました。長官殿」
茶化したように答えたトニーに、ペッパーは思わず噴き出した。あのトニー・スタークが娘に翻弄されっぱなしなのだ。だが、こんな未来が自分たちにもすぐに訪れるのだと思うと、ペッパーはその未来が楽しみで仕方なかった。

その夜、モーガンを寝かしつけた後、リビングでトニーはペッパーにラボでの一件を話した。
「そうだったの…」
涙を拭ったペッパーは、トニーに抱きついた。
「明日はモーガンの思い出に残るような日にしましょうね」
「そうだな」
暫くそのまま抱き合っていた2人だが、モーガンが目を覚ました時一人ではかわいそうだと、手を繋ぎ寝室へと向かった。

———
そしてクリスマス当日になった。
大きなツリーの下に座り、2人はモーガンにプレゼントを渡した。
「これはママからのプレゼントよ」
ピンク色の可愛らしい袋に入っていたのは、ブレスレットだった。
「これはね、特別なブレスレットよ。見て」
ブレスレットをモーガンの腕にはめたペッパーは、少し大きめのビーズに書かれている文字を指さした。
「Mはモーガン、Tはトニー…つまりパパ、Pはペッパー…ママよ。モーガンとパパとママはいつも一緒よという、特別なブレスレットなの」
「ホントだ!」
特製のブレスレットに、モーガンは大喜びだ。ペッパーに抱きついたモーガンは
「ママ!ありがと!」
と、ペッパーの頬にキスをした。

「これはパパからだ」
トニーのプレゼントの包みを、モーガンは待ちきれないとばかりにビリビリに破いた。包装紙を取ると細長い箱が現れ、そっと開けるとネックレスが入っていた。しかもトップはリアクターの形をしているではないか。
「あら、こんなのが出てるの?」
「アイアンマンは人気者だからな。クリスマスのプレゼント用に、色々なアクセサリーが出てた」
ペッパーにそう告げたトニーは、ネックレスを手に取り見つめているモーガンに尋ねた。
「リアクター、知ってるか?」
「うん。パパがおはなししてくれたよ」
モーガンの手からネックレスを取ったトニーは、それを娘の首に掛けた。
「さあ、モーガン。これでパパとお揃いだ」
どういうことなのかと首を傾げたモーガンに向かって微笑んだトニーは、シャツをめくった。
モーガンは驚きのあまり目を見開いた。父親の胸元には、自分の父親にはなかった物…つまりはリアクターが光り輝いていたのだから…。
「モーガンのそばに、パパはずっといるって言っただろ?これでずっと一緒だ」
モーガンは涙をポロリと零した。パパとママからのプレゼントは、どちらも『ずっと一緒』という気持ちが沢山詰まっていたから…。何度も頷いたモーガンは、父親に抱きついた。シクシク泣き続ける娘を抱きしめたトニーは、ペッパーも抱き寄せると、2人を腕の中に閉じ込めた。

それから3人は、家族だけのクリスマスを楽しんだ。トニーがピアノを弾いて、3人でクリスマスソングを歌った。ペッパーの美味しい手料理を食べ、モーガンの作ったクッキーとケーキを食べた。
マリブのスターク邸からはその日夜遅くまで、楽しそうな声が聞こえていた。

———
翌日。
過去の父親と母親と過ごすのはとても楽しく、正直帰りたくないと思ったが、元の世界では母親が待っているのだ。いい加減帰らなければ、ママが泣いてしまうと、モーガンは家に帰るとトニーとペッパーに告げた。
「パパ、ママ、あたし、おうちにかえるね」
「そうか…」
寂しそうな父親と母親に、モーガンは気づいた。例えまだ自分と出会っていない過去の両親だとしても、両親はいつも自分のことを愛してくれていること、父親の言ったように、そばにいなくても愛し見守ってくれていること…それを自分に教えるために、パパはこの時代のパパとママにあたしを会わせたのだと…。
そこで、あの時、最後に父親に告げた言葉を…父親が最期に自分に遺してくれた大切な言葉を、モーガンはこの時代の父親に告げることにした。
「パパ…3000かいあいしてる…」
きっと2023年のトニーとモーガンにとって、特別な意味がある言葉なのだと、トニーは気づいた。そこでモーガンをギュッと抱きしめると
「パパもモーガンのこと、3000回愛してるさ…」
と告げてみた。するとモーガンは嬉しそうに笑うと、もう一度ギュッと抱きついてきた。そして今度は母親に抱きついた。名残惜しいが、いつまでもこうしている訳にはいかないと、身体を離したモーガンは、2人から少し離れた所まで走って行った。
「パパ、ママ、またね!」
2人に向かって手を振ったモーガンは、トニーに教えられた通りに、腕時計のリセットボタンを押した。すると眩い光に辺りは包まれ、モーガンの姿は消えた………。

———
目を開けると、モーガンは自分の家の父親のラボに立っていた。無事に戻ってきたようだが、腕時計は光が消え、触っても何も起きなかった。
「あれ?こわれちゃったのかなぁ…」
唇を尖らせたモーガンは、もしかしたら過去の父親と母親に会ったこと自体、夢だったのかもしれないと考えた。だが、母親がくれたブレスレットと、父親がくれたリアクターのネックレスはちゃんと存在しているのだから、やはり夢ではなかったのだと、胸を撫で下ろした。

ラボを出ると、キッチンでは母親が朝ごはんの準備をしていた。
「ママ、おはよ」
「あら、モーガン。早いわね」
ニコッと笑った母親は、先程まで共にいた過去の母親ではなく、自分の本当の母親だった。
と、ペッパーは娘の首からさがっているネックレスに気づいた。
「そのネックレス、どうしたの?」
ネックレストップはリアクターの形をしていた。それも、10年以上前の…恋人になったばかりの頃のデザインのリアクターだ。懐かしいリアクターに、ペッパーは亡き夫のことを思い出した。
優しい瞳でリアクターを見つめている母親に、モーガンは贈り主を教えてあげることにした。
「パパにもらったの。パパとおそろいなんだよ!」
贈り主がトニーと聞いたペッパーは、思わず目を見開いた。
「トニーに?」
「うん。パパからのクリスマスプレゼント!」
トニーからのプレゼントとはどういうことなのかと首を傾げたペッパーだが、今日はクリスマスだから奇跡が起こったのかもしれないと考えた。そして嬉しそうにリアクターに触れている娘を抱き上げた。
と、その時だった。
ペッパーは背後から何か温かなものに包まれた。その温もりは、ペッパーだけではなくモーガンも包み込んだのだ。
(トニー?)
心の中で呼びかけると、顔を上げたモーガンが手を伸ばした。
「ママ、いまね、パパがいたよ!」
「そうね。パパがギューって抱っこしてくれたわね」

ペッパーは笑っていた。とても嬉しそうに笑っていた。
母親の笑顔にモーガンも嬉しくなった。
きっとパパからのクリスマスプレゼントをママも受け取ったんだと、モーガンは心の中で父親に感謝した。
(パパ、いっぱいプレゼントくれて、ありがと)

———
それから15年後…。
19歳になったモーガンは、父親同様MITに進んだ。彼女にはどうしてもやりたいことがあった。それは15年前、動かなくなった腕時計を改良し、再起動させること…。
父親の残した資料を元に、タイムトラベルについて研究を重ねたモーガンは、ついにあの腕時計を修理することに成功した。
腕時計を直し、自分が過去に戻ったことで、父親が生きているというもう一つの未来が本当に生まれたか、自分の目で確かめたかった。上手くいくか分からない。同じタイムラインに戻れるかも分からない。それでも自分の目で確かめたかった。
そこで、あの日から13年後…つまり2023年の12月23日に向かうことにした。
時計をセットしたモーガンは、深呼吸をすると、装置を起動した………。

———-
モーガンは森の中にいた。
つまり、今自分が住んでいる、湖畔の家に。
「失敗か…」
一見変わらぬ風景に、モーガンは溜息を吐いた。
もう一度挑戦してみようと、家に向かって歩き始めた時だった。
静かなはずの庭から、楽しそうな笑い声が聞こえてきたのだ。
「え……」
心臓がやかましく音を立て始めた。
変わらない風景のはずなのに、何かが違う…。恐る恐る木の影から見てみると、湖の側では、女の子と男の子が追いかけっこをしているではないか。女の子は8歳くらいで男の子は5歳くらいだろうか。モーガンは2人をじっと見つめた。男の子に見覚えはないが、女の子は間違いない…あれは……。

「昼ごはんができたぞ!」
家の中から男性の声が聞こえ、モーガンの思考は停止してしまった。
「この声……」
涙が出てきた。その声は、この15年間、ずっと聞きたくて堪らなかった声だから…。モーガンは姿を隠しながらも、少しだけ家の方へ近づいてみた。すると再び男性の声がした。
「2人とも、早くしろよ!ママ特製のカルボナーラ、パパが全部食べるぞ!」
男性が家の中から出てきた。それは、父親…トニー・スタークだった。
「パパ……」
成功したのだ。2010年のパパは、あの時のことを覚えてくれていて、未来を変えることに成功したのだ。
モーガンは涙が止まらなかった。嬉しくて仕方なかった。この世界の自分は、これからもずっと父親と共にいることができるのだから…。自分のように悲しく寂しい思いをしなくてもいいのだから…。
このまま帰るつもりだった。だが、父親と話をしたいという気持ちを、モーガンは抑えることができなくなっていた。一歩前へ踏み出したモーガンは、足元に落ちていた木の枝を踏んでしまった。

近くで物音がした。何かいるのかと、トニーが目をやると、女性が木の影で泣いているのが見えた。
「……おい…まさか……」
間違えるはずがない。例えどんな姿になっても、最愛の娘のことは認識できるという自信がトニーにはあったのだから…。
子供たちが家の中に入ったのを確認したトニーは、ゆっくりと女性に近づいた。顔を伏せたまま泣いている女性は、トニーがそばに来たことに気づいていないようだ。

「モーガン……だろ?」
顔を上げると父親がいた。
「パパ……」
父親は自分だと分かってくれたのだ。それだけでも嬉しくて仕方ないのに、ネックレスに目をやった父親は、目尻を下げて笑った。
「それ、まだ持っていてくれてるのか?」
モーガンは確信した。今、目の前にいる父親は、2010年に出会った父親と同じ父親だと…。
「パパから貰ったプレゼントだから」
涙を拭ったモーガンは立ち上がった。するとトニーが手を伸ばし、モーガンの手を握りしめた。
「モーガン、ありがとう。あの時お前がパパのところに来てくれたおかげで、パパは今でもこうやって生きている。お前が未来から来て、未来のパパが教えてくれた出来事は、全て上手く回避できたんだ」
父親の右腕は失われていなかった。胸元でリアクターは光っていなかった。そのため、この13年、何があったのか聞いてみたい気もしたが、聞いたところで自分のいる世界が変わる訳ではないし、この世界の自分と父親は、自分とは別の思い出を作っているのだからと、尋ねるのを止めた。だが、これだけはどうしても直接父親に伝えなければと、モーガンは繋がれた手を握った。
「私もパパにお礼を言いたかったの。パパがあの時、覚えておいてくれって話してくれたこと…、あの言葉があったから、私はパパの死を受け止めることができたの。前へ進むことができたし、自分の人生を歩んで行くことができた。それからこのネックレスがあったから、パパがずっとそばにいてくれてるって感じられたの。あの時、2010年のパパとママに会えて本当によかった…」
「そうか…」
嬉しそうに目を細めたトニーの目には涙が光っていた。
トニー自身もあの時、未来の娘から教えられたことは沢山あった。彼女は人生の道標になってくれた。彼も本当はあの時の娘にもう一度会い、感謝の言葉を伝えたいとずっと思っていたのだ。それは妻であるペッパーもだった。
「ペッパーに…ママにも会って行くか?」
きっとペッパーも未来の娘に会いたいだろうとトニーは提案したが、モーガンは首を振った。
「ううん。もちろんママにも会いたいけど、私が家に入ったら、小さい私が混乱しちゃうから、遠慮しとくわ」
トニーに抱きついたモーガンは、父親を抱きしめた。
「パパ、これからもずっと愛してる…」
「パパもだ…」
自分よりも大きくなったたな娘を抱きしめたトニーは、彼女の背中を撫でた。
15年ぶりの温もりに、モーガンは胸がいっぱいになった。話したいことは山ほどあるが、あまり長居すればこの世界の未来に影響が出てしまうだろう。身体を離したモーガンは、腕時計を起動した。
「じゃあね、パパ。小さい私と弟、可愛がってあげてね」
「パパ以上に可愛がっている父親はいないつもりだ」
フンっと鼻を鳴らしたトニーにクスクス笑ったモーガンは、スイッチに触れた………。

モーガンの姿が消えた後も、トニーは暫くその場に佇んでいた。
「パパ、何してるの?」
パタパタという足音が聞こえ、モーガンが背中に抱きついてきた。
「誰かいたの?」
背後から顔を覗かせたモーガンは、不思議そうに辺りを見渡した。話し声がしたから父親は誰かと話していたようなのに、誰の姿も見えなかった。
するとトニーは、優しい瞳でモーガンを見つめると、髪の毛をクシャッと撫でた。
「未来のお前と話をしていたんだ」
「変なパパ」
首を傾げたモーガンと手を繋いだトニーは、娘に手を引っ張られるように、家へと戻って行った。

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Day 2  (Sunday, August 22): meeting pepper’s family

恋人になって初めての感謝祭は、ペッパーの実家で迎えることになった。というのも、ポッツ家では感謝祭やクリスマスなど、季節ごとのイベントに、親戚中が集結するというのだ。勿論ペッパーも帰らなくてはならない。だが、トニーとも離れたくない…。そこでペッパーは考えた。それならトニーも連れて行けばいいのではと…。家族の集まりなのに…と、最初は渋っていたトニーだったが、ペッパーの熱意に負けたこと、そして恋人になったのだから彼女の両親にはきちんと挨拶をすべきだと考え直したトニーは、結局は彼女に同行することにした。

「…で、何でコイツがいるんだ?」
大歓迎されるかと思いきや、それは大間違いだった。車から降りた瞬間、彼女の父親から浴びさられた言葉に、さすがのトニーも閉口してしまった。
「パパ、トニーは私の大切な恋人なの。紹介したいからって電話で何度も話したでしょ?」
ペッパーは溜息を付いた。数ヶ月前にトニーと恋人になったことは、両親に電話で報告済みだ。母親は最初から味方をしてくれていたが、トニーの悪い噂ばかり信じている父親はずっと反対していたため、この反応はある程度想定内だった。
父親はトニーを毛嫌いしているが、ペッパーには秘策があった。父親の末の弟であるモーガン・ポッツは、ポッツ家の親戚一、変わっている叔父さんだ。だが、彼はトニーの大ファンなので、きっと歓迎してくれるはず。あの叔父には父も甘いので、モーガン叔父さんが説得してくれれば、父親も何も言えなくなるだろうと、ペッパーは目論んでいたのだ。
が、いつもは賑わっている庭に、1台も車が停まっていないではないか。
「ところでみんなは?」
「お前がコイツを連れてくるというから、今年は中止した」
ペッパーは思わず叫びそうになった。モーガン叔父さんという必殺技を繰り出そうとしていたのに、これでは計画が全ておじゃんだ。見るからに落胆している娘を勝ち誇ったように見つめたポッツ氏は、黙ったままのトニーに向かって小さく唸った。
「お前を泊める部屋はない。さっさと帰れ!」
追い払うように手を振っている父親を、ペッパーは非難するように睨みつけた。
「パパ!酷いわ!」
キィっと叫んだペッパーは、目を三角にすると、父親に反論しようとしたのだが……。

「あなた!!!!どうしてトニーを虐めてるの!!!!!!!」
ペッパーによく似た声の罵声に、トニーとポッツ氏はその場で飛び上がった。そして先程までの威勢はどこへやら、急に借りて来た猫のように縮こまったポッツ氏は、ビクビクと辺りを見渡した。すると玄関のドアが外れそうな勢いで開くと、ポッツ夫人が姿を表した。怒り露わに夫に近づいた夫人は、大声で捲し立て始めた。
「何度も話したでしょ!トニーはヴァージニアが選んだ大切な人なのよ!それなのにあなたはヴァージニアの大切なトニーを追い払おうっていうの?!!!最低ね!私はトニーを歓迎するわ!そんなにトニーのことが気に入らないなら、今日はあなたが外で寝てちょうだい!!!!!」
「い、いや……その……」
モゴモゴと口籠もったポッツ氏はおろか、あまりの迫力に、ペッパーもトニーも呆気に取られてしまった。
ふぅと深呼吸をした夫人は、満面の笑みを作ると、今度はトニーの元に向かった。そして珍しく何も言えず固まったままのトニーに抱きつくと、頬にキスをし始めた。
「トニー!会いたかったのよ!ヴァージニアからあなたの話は何年も聞いていたし、ようやく恋人になったって聞いて、安心したのよ!だから今日はあなたに会うのを楽しみにしてたの!外野がいるとあなたと話が出来ないから、パパが風邪を引いたことにして、親戚には来るなって言っておいたから、大丈夫よ!さあ、入って!あ、それから、私のこと、母親だと思って、何でも言って頂戴!」
ポカンと口を開けたままのトニーの手を引っ張り、ポッツ夫人は家の中に入って行った。

結局、ポッツ夫人の有無を言わせぬ大歓迎もあってか、半日もするとポッツ氏もトニーのことをすっかり気に入った。そして帰る頃には『どうしてトニーのことをあんなに嫌っていたのだろうか…』と思うほど、意気投合していたとか…。

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Day 1 (Saturday, August 21): high school/college au

M.I.T.に通う学生に『一番有名な学生は?』と聞けば、誰もが口を揃えてこの人物の名を挙げるだろう。
トニー・スターク。
世界屈指の大企業であるスターク・インダストリーズの跡取り息子。知的でハンサムな彼は、明るくユーモアに富んでおり、非常にモテた。毎日誰かに告白されているのに、彼は全て断っていた。女性に興味がない堅物…と言いたいところだが、そうではない。特定の恋人はいないが、パーティーで知り合った一夜限りの女性は山のようにいるのだ。親友のジェームズ・ローズことローディー曰く『M.I.T.にある紙を使い切っても一夜限りの女性の名前は書ききれない』らしい。
どうして一人の女性を愛せないのかと、ローディーはトニーに聞いてみた。するとトニーは肩をすくめた。
「忘れられない人がいるんだ」
トニーが忘れられない女性…それは彼が幼い頃、親友だった女の子。『ペッパー』という愛称の、そばかすの可愛い赤毛の女の子だ。小学校へ上がる前に、その子は引っ越してしまい、それ以来音信不通になってしまったらしいが、毎日のように共に遊んでいた彼女といる時だけは、トニーは幼いながらに心が安らいだのだ。
「向こうもさ、俺のこと好きだって言ってくれたんだ。だから結婚の約束もしたんだ。おもちゃの指輪をプレゼントした」
真面目くさった顔で頷くトニーに、ローディーは吹き出した。あのトニー・スタークが初恋の彼女を忘れられないというのだ。子供の約束を信じ、今でも彼女のことを思っているのだから、ローディーは笑いそうになった。が、トニーに思いっきり睨まれると慌てて咳払いした。

そんなある日のこと。
講義を終えたトニーは家に戻ろうと校内を歩いていた。すると目の前からアルドリッチ・キリアンが歩いてきた。A.I.M.の跡取り息子である彼は、何かにつけてトニーを目の敵にしていた。最も、あらゆる面において、トニーの方が何歩もリードしているのだが…。
いつもは仲間と連れ立っているキリアンだが、今日は一人の女性と一緒だった。キリアンは鼻の下を伸ばして女性の肩を抱こうとしたが、彼女はあからさまに嫌がっており、その手をするりと交わしていた。
何故か見覚えがあるその女性から、トニーは目が離せなくなった。一夜限りの女性は名前も顔も覚えていないトニーだが、目の前にいる女性はそういう類の女性ではない。彼女の瞳はずっと昔から知っている気がした。
(もしかして……)
心当たりのある名前を口に出そうとしたトニーだが、視線に気づいたキリアンが嫌そうに唸った。
「スターク 、ジロジロ見るな」
すると女性がトニーを見つめた。何度か瞬きをした彼女は、パッと顔を輝かせた。
「トニー?!」
「…ペッパー?」
やはりそうだ。幼馴染のペッパー・ポッツ。トニーが密かに思い続けていた初恋の彼女だ。
こんな所で十数年ぶりに…しかも同級生の恋人として再会するとは、何たる奇跡なのだろう。立ちすくむトニーだが、駆け寄ってきたペッパーは彼に抱きついた。
「トニー!久しぶりね!会いたかったわ!!」
トニーにぎゅーぎゅー抱きついたペッパーの眼中には、もはやキリアンの姿はないようで、積もる話があるからと、ペッパーはトニーをランチに誘った。
するとキリアンは、顔を真っ赤にして怒りだした。
「おい、ヴァージニア。これから俺と…」
「幼馴染に再会したのよ?」
キリアンの言葉を遮ったペッパーは、彼を睨みつけた。そしてトニーの手を握ると、呆気に取られているトニーを引っ張って、近くのカフェに向かった。

「良かったのか?」
席につきランチを注文したトニーは、ペッパーに尋ねた。すると彼女はニコニコと笑みを浮かべた。
「ええ。あなたと再会したんですもの。それに、恋人じゃないの」
「は?」
目をパチクリさせるトニーに、ペッパーは溜息を吐いた。
「付き合ってくれと言われたけど、断ったのよ。でも、しつこくって…。だからお友達から始めましょうって言ったのに、すっかり恋人気取りで困ってたの」
肩を竦めたペッパーに、トニーは神妙な顔をして頷いた。
「あいつは勘違い野郎だから、あり得るな」

それから2人は、お互いの近況を話した。
ペッパーはハーバードに通っており、偶然にもトニーの家の近くに下宿していると分かった。

連絡先を交換した2人は、それから時折ランチやディナーをするようになった。次第に10年以上心に秘めていた想いが蘇ってきた2人だが、幼馴染という関係から一線を越えられずに数ヶ月が経過した。

そんなある日のこと。
授業も終わり友達とランチに向かおうとペッパーがキャンパスを出ると、目の前に車が止まった。一体何事かと思っていると、キリアンが血相を変えて降りてきた。
「どうしたの?」
いつになく慌てふためいたキリアンは、
「ヴァージニア、大変だ!」
と、叫ぶとペッパーの肩を掴んだ。以前強引に車に乗せられ、デートに連れて行かれたことを思い出したペッパーだが、その時のキリアンとは違い、彼は青い顔をして取り乱しているではないか。
「落ち着いて」
何度か告げると、キリアンは深呼吸をした。そして、ペッパーをじっと見つめると、意を決したように口を開いた。
「落ち着いて聞いてくれ。スタークが…病院に運ばれた」
「え……」
トニーが病院に運ばれた…。それもキリアンの様子から考えると、大変なことになっているに違いない…。

真っ青になったペッパーは、ガタガタ震え始めた。その腕を支えたキリアンは、ペッパーを助手席に押し込むと、車を発進させた。

車内でキリアンはペッパーに説明し始めた。

実習中に、とある生徒が作ったロボットが暴走し始めた。皆が逃げ惑う中、トニーはロボットを何とか止めようと奮闘し、大怪我をして病院に運ばれたというのだ。トニーは意識不明の重体で、それならば早くペッパーに知らせなければと、キリアンは急いで迎えに来たと言うのだ。

「でも…どうして……」
キリアンはトニーのことを嫌っているはずだ。それなのに、何故キリアンは知らせに来てくれたのだろうか…。
ペッパーの戸惑いに気づいたキリアンは、彼女にチラリと視線を送った。
「スタークのことが好きなんだろ?」
ペッパーが息を呑んだ。そんなペッパーにもう一度視線を送ったキリアンは、先程よりも明るい声で話し始めた。
「俺は君のことが好きだ。だからずっと君のことを見てきた。だから君の気持ちにはとっくに気づいていたさ。それなのに、どうして俺がこんなに親切なのかって思ってるだろ?確かに俺はスタークのことを目の敵にしてきた。何かにつけて昔から比べられるのが、俺は嫌で仕方なかった。だけど、あいつがいるから俺は負けないように頑張ろうって思えるんだ。あいつが死んだら、ライバルがいなくなって困る」
素直に言いたくないのだろうが、結局のところ、キリアンもトニーのことが心配でならないのだろう。小さく頷いたペッパーは、キリアンを見つめると頭を下げた。
「ありがと、キリアンくん」
そう告げると、キリアンは照れ臭そうに鼻の頭をかいた。

病院へ到着したのは、丁度手術が終わった頃だった。
眠り続けるトニーの手を握りしめたペッパーは、頬にそっとキスをした。
「トニー、そばにいるわ…」

翌日、家に戻ったペッパーは宝石箱を取り出した。そして一番奥に大切にしまっていたおもちゃの指輪を手に取ると、十数年前のあの日のことが鮮明に蘇ってきた。


「ペッパーってさ、かわいいから、ぼくのおよめさんにしてあげるよ」
「ホント?あたしもトニーのことだいすきだから、トニーのおよめさんになりたい!」
すると、トニーがポケットから指輪を取り出した。おもちゃの指輪には、ブルーの宝石が付いており、キラキラ光るその指輪は、幼いペッパーから見ても、美しかった。
「パパがいってたんだ。たいせつなひとには、ゆびわをあげたらいいって。パパもママにいつもあげてるんだよ。だから、これはぼくからペッパーへのプレゼント」
「ありがと!」
頬にチュッとキスをしたペッパーは早速指輪をはめてみた。
「いつおよめさんにしてくれるの?」
するとトニーはニヤリと笑った。
「おおきくなったら!パパみたいな、りっぱなひとになったら、ペッパーのこと、むかえにいくからね!」
「うん!やくそくよ!」

あの時はピッタリだった指輪も、今では小さくて入らない。だが、どんな高価な物よりも、この指輪はペッパーにとって世界一大切な物だった。

その指輪を持ち、ペッパーは病院へ戻った。そしてトニーの手を取ると、話しかけた。
「トニー、覚えてる?小さい時に、あなたは私にプロポーズしてくれて、指輪をくれたでしょ?あの指輪、今でも私の宝物なの…。ずっと忘れられなかったの、あなたのこと…。いつか会えたら、あなたに気持ちを伝えようって思ってたわ…。あなたのこと、好き…。愛してる…」
すると、トニーの手がピクリと動いた。そして…。
「約束通り…迎えに来た…」
ペッパーを見つめたトニーは掠れた声で囁くと、彼女の腕を引っ張った。途端に、ペッパーはトニーの腕の中に閉じ込められた。子供の頃と変わらない温もりと、あの頃とは違い力強いトニーの腕の中で、ペッパーはようやく自分があるべき場所に戻ってきた気がした。

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