Day 5 (Wednesday, August 25): tony lives au

「モーガンちゃんのパパって、何してるの?」
ランチタイムに発せられたとある生徒の一言に、その場はしーんと静まり返った。
「パパはトニー・スタークよ。知らないの?」
溜息を吐いたモーガンはそう返したのだが、その生徒は本気で知らないようで、首を傾げているではないか。そこで、
「アイアンマン!知ってるでしょ?」
と、誰もが知っている名前を出してみたが、別の生徒たちが次々と口を開いた。
「でもアイアンマンって、もうヒーローから引退したじゃん」
「そうだよ。戦ってるの、見たことないし」
「本当はさ、弱いんじゃないの?世界を救ったのも嘘だったりして」
「アイアンマンって、昔のヒーローじゃん。今活躍しているヒーローの方が、カッコいいし強いよ」
好き勝手なことを言い始めた生徒たちだが、モーガン自身も、アイアンマンが実際に戦っているところは見たことがない。自分が産まれる前は、頻繁に活躍していたらしいが、幼い頃から父親が実際にアーマーを着ている姿は見たことがなかった。5年前に起きたあの戦いも映像はないし、あれ以来、引退した父親はアーマーを一度も着ていなかった。そのため、モーガンはアイアンマンの活躍を、昔の映像でしか見たことがなかったのだ。

まだ騒いでいる生徒たちに、モーガンはどう反論しようか必死で考えた。
会社のCEOはママだし、パパは会長で、開発部の責任者だけど、家のラボにいることの方が多いから、本当に時々しか会社には行ってない。最近はあちこちの講演会に呼ばれ、飛び回っているけど。先日MITで行われた講演会に付いて行った時、父親は皆に羨望の目で見られ、大歓迎を受けていた。アイアンマンの活躍を実際に見てきた人たちにとっては、パパはいつまでもヒーローらしいというのは知っている。だけど、お友達が言うように、その頃小さかった自分たちにとっては、アイアンマンは過去のヒーローなのかもしれない…。

「パパは元アイアンマンで元ヒーロー。今は世界一の開発者よ」
そう告げたモーガンは、足早にカフェテリアを後にした。

いつも送迎してくれるのは父親だが、今日のお迎えはハッピーおじさんだ。
(あ、そうだ。パパはいないんだ)
ヨーロッパでいくつか講演会があるため、父親は1週間不在なのだ。先程のやり取りを父親に話したかったが、話せば父親を困惑させるかもしれない。そう思ったモーガンは、自分の胸の内にしまっておくことにした。

——
それから1週間後。今日は父親が帰ってくる日だ。午前中には帰国し、そのまま会社に向かい会議に参加して、母親と共に学校まで迎えに行くと、昨晩の電話で父親は話していた。
『お土産を山程買ってるぞ。楽しみにしとけよ』と言っていたが、それよりも1週間ぶりに父親に会えるのだから、モーガンは楽しみで仕方なかった。
早く放課後になって欲しいのに、今日は課外活動で博物館に行くことになっている。それも、5年前のあの戦いを機に作られた、ヒーローたちの功績を讃える博物館だ。スターク・インダストリーズも多少は支援しているし、何よりあの戦いの最大の功績者であるため、オープニングセレモニーに父親は呼ばれた。モーガンも母親と一緒に行ったのだが、もう4年も前の話なのであまり覚えていない。
(今日はお休みすればよかったかも…)
先日のカフェテリアでの件を思い出したモーガンは、茶化してきた生徒たちにまた何か言われるかもしれないと思うと、気が重くなってきた。

「…では、時間まで自由に見学して下さい」
教師の声と共に、生徒たちは思い思いの場所に散らばって行った。モーガンは何処に行こうかと迷ったが、やはりアイアンマンの展示を見に行くことにした。
アイアンマンのコーナーには、歴代のアーマーのレプリカがずらりと並んでいた。他にも、ヒーローたちに提供した装備や武器なども沢山展示してあり、父親が他のヒーローたちの装備を全て作っていたと知らなかったモーガンは、驚いた。
「パパってすごい…」
ショーケースにへばりつき眺めていると、30代くらいの男性グループがやって来た。
「やっぱりアイアンマンが一番カッコいいよな」
「あんなにアーマーを開発してさ、しかも新しい技術をどんどん生み出して、トニー・スタークってやっぱり天才だな」
興奮気味に話しながら展示を見始めた男性たちだが、ため息を付いた。
「今もさ、大勢ヒーローはいるけど、アイアンマンに優るヒーローっていないよなぁ…」
彼らはきっと、アイアンマンが活躍していた時代を知っている世代だ。その彼らが褒め称えているのだから、モーガンは嬉しくてたまらなった。そこへやって来たのは、いつもモーガンを何かにつけてからかっている男子生徒たちだった。彼らはモーガンの方へちらりと視線を送ると、男性グループに告げた。
「アイアンマンってさ、アーマーがなかったら、何もできないじゃん」
「だっさいよな」
すると、男性グループは顔を見合わせた。彼らはムッとしたように子どもたちを見たが、次々に口を開いた。
「君たちは初代のアベンジャーズの戦いを見たことがないだろ?彼らはな、今のヒーローたちの礎を築いたんだ。今でこそ、ヒーローたちをみんな褒め称えてるけど、最初は文句を言う奴も多かったんだ。ヒーローたちが命をかけて戦っても、文句ばかり言う人間はたくさんいた。だけど彼らは戦い続けたんだ。地球を守るために」
「特に、アイアンマンはトニー・スタークとしても一番有名だったから、非難の矛先をいつも向けられていた。それでもトニー・スタークは、いつだって僕らの味方だった。アイアンマンとしてだけじゃなく、トニー・スタークは、いつも困っている人たちを助けてくれたんだ。だから彼はヒーローなんだ」
「彼はずっとすべてを掛けて敵と戦ってくれた。そして5年前の戦いで、彼は命をかけて地球を守ってくれた。僕たちがこうして生きているのは、アイアンマンのおかげなんだぞ」
そう言うと、男性グループは立ち去った。
モーガンは黙ったままだったが、男子生徒たちは嫌そうに男性たちを見ると、今度はモーガンを睨みつけた。
「お前がさっきの人たちに話せって頼んだんだろ?」
なぜそんなことを言うのかと、モーガンは目を見開くと叫んだ。
「私、そんなことしないもん!」
そう叫ぶと、モーガンは走ってその場を後にした。

走ってバスまで戻ったモーガンは、後部座席に向かった。後ろから2番目の窓際に座ったモーガンは、膝を抱えた。
どうしてあんな風に言われないといけないのだろうか…。悔しくて涙が出てきた。そして何も言い返せなかった自分が情けなかった。きっとああいう時にはパパとママなら、ちゃんと正しく説明できるのに…と、涙が止まらなかった。
「モーガンちゃん?どうしたの?」
後ろから声が聞こえ、モーガンは振り返った。すると後ろから女の子が顔を覗かせた。クラスメイトのティナだ。彼女は大人しいため、いつもみんなの輪に入れずに外からニコニコと眺めているような子だったが、モーガンは気が合うため、よく話をしていたのだ。
「何でもない」
涙を拭ったモーガンは、ティナの膝の上に数冊の本が置いてあるのに気づくと、首を傾げた。
「ティナちゃん、いつからここにいるの?」
するとティナは少しだけ悲しそうな顔をした。
「あたし、足が悪いでしょ?だからノロノロしてたらみんなに迷惑かけるから、すぐに戻ってきて本を読んでたの」
ティナは事故で右足を失い、義足をはめているのだ。そのことを思い出したモーガンは、どうして彼女はそんなに自分の足のことを気にしているのかと、眉を顰めた。すると俯いたティナは、消えそうな声で呟いた。
「本当はね…あたしもみんなと博物館に行きたかったの……。でも…」
泣き出しそうなティナに、モーガンは身を乗り出して告げた。
「じゃあ、今度、2人で来ようよ!そうしたら、ゆっくり見れるから」
するとティナは驚いたようにモーガンを見つめた。というのも、彼女はいつも右足のせいで、仲間外れにされていたからだ。だが、同時に思い出した。モーガン・スタークちゃんは、初めから私と普通に接してくれていたと…。特別扱いなどせず、他の健常者のお友達と同じように接してくれていたことを…。歩くのが遅い私と歩調を合わせていつも歩いてくれていたことを…。
それでもティナはまだ自信がなかった。そこで
「いいの?だって、あたしの足……」
と尋ねると、モーガンはにっこりと笑った。
「ティナちゃんの足、みんなと同じだよ?それにね、神様からの贈り物なんだって。パパが言ってたの。あたしのパパも、5年前に戦った時、右腕を失くしたから、義手をしてるの。だけどパパはね、パパの右腕はアイアンマンの手で、神様からの贈り物なんだって言ってたよ」
と、ティナの目から涙が溢れ落ちた。初めてだった。そんな風に言ってもらったのは…。嬉しくて、涙が止まらなかった。
「うん…」
涙を拭ったティナも、モーガンに向かって笑みを浮かべた。

暫くして、生徒たちが戻ってきた。モーガンの隣に、仲良しの友達が駆け寄ってきた。
「モーガンちゃん、もう戻ってたの?探したんだから」
「ごめんね」
謝罪するモーガンに、先日父親について尋ねた友達が興奮気味に告げた。
「モーガンちゃんのパパってすごい人なんだね!」
目をパチクリさせたモーガンに、他の友達も次々と告げた。
「あたしもアイアンマンのこと、あんまり知らなかったけど、今日ね、いろんなことを知って、すごいなって思ったんだ」
口々に称賛する友達に、モーガンは照れくさくなった。が、先程の男子生徒たちがコソコソと笑いながらこちらを見ているのに気づいたモーガンは、視線を伏せた。

そして、全員揃ったところでバスは発車したが、10分ほど走ると、橋の上で急停止した。
窓の外を見ると、大勢の人が叫びながら逃げているのが見えた。何かあったのかと、不安げに騒ぎ始めた生徒たちを、教師は安心させようとしたのだが…。

ドーーーン!!!

大きな爆発音が聞こえ、皆一斉に悲鳴を上げた。泣き出す女子生徒もおり、バスの中は大パニックだ。
「みんな、落ち着いて。この先で事故があったようなの。順番に、慌てず前の人からバスを降りるわよ」
なるべく冷静にと生徒を誘導し始めた教師と運転手だが、数台前に停車していたガソリンを積んだトラックが、爆発し炎上し始めると、子どもたちは我先にドアへと向かった。
「慌てないで!」
教師は叫んだが、橋の上にいる人々の逃げ惑う叫び声で、生徒たちはますますパニックになってしまった。
車を強引に動かし逃げようとする人もいるため、バスにぶつかり大きく揺れた。そしてバスは段々と橋の際に押しやられ始めた。

バスの態勢がかなり不安定になった頃、モーガンはようやく降りることができたが、ティナの姿が見えない。
「もしかして…」
バスから生徒を遠ざけようとしている教師の影からバスの中を覗くと、通路に倒れているティナの姿が見えた。
(ティナちゃんを…助けなきゃ!)
教師を押しのけたモーガンは、今や橋から落ちそうになっているバスの中に飛び込んだ。
「スタークさん!!!」
教師の声が聞こえたが、モーガンは必死だった。
「ティナちゃん!」
「モーガンちゃん……」
ティナはバスの座席に義足が挟まり、動けなくなっていた。
「大丈夫よ。大丈夫」
怖くて仕方なかったが、ティナを励ましたモーガンは、義足を動かそうとした。だが、自分の力では動きそうにない。
「ティナちゃん、義足が挟まって取れないの。外していい?」
頷いたティナの義足を外したモーガンは、彼女の肩を担ぐと立ち上がらせた。そして斜めになっているバスから逃げようと歩き始めた。
が、その時だった。
バスの近くのトラックが爆発し、衝撃でバスは吹き飛び橋の下に落下し始めた。
「キャー!!!」
モーガンは、左手でティナの手を握ると、右手で必死で座席にしがみついた。
(パパ……助けて!!!)
落下するバスの中で、モーガンは父親に助けを求めた。が、届くはずのない声に、覚悟を決めると目をギュッと閉じた…。

バスが空中で止まった。
そして水平になったバスは、ゆっくりと上昇し始めた。
「え……」
何が起こったのだろうかと、モーガンは窓の外に視線を移した。すると…。
「パパ!ママ!!」
何と、アイアンマンとレスキューがバスを持ち上げているではないか。
「アイアンマンだ!!!」
バスの末路を見守るしかなかった群衆の誰か叫んだ。その声に顔を上げた人々は、5年前に引退したヒーローの勇姿に歓喜した。

橋の上にバスを降ろしたアイアンマンとレスキューに、誰もが拍手を送った。やっぱりアイアンマンはヒーローだと、口々に言い合った。
アイアンマンが炎上する車を消火する間に、レスキューはバスの中に入った。
「モーガン!」
「ママ!!」
ティナを守るように抱きしめた娘の姿に、マスクを上げたペッパーはホッと息を吐いた。2人を抱きかかえたペッパーがバスの外へ出ると、消火を終えたアイアンマンが飛んでやって来た。
「モーガン、無事で良かった」
マスクを上げたトニーは青い顔をしていたが、娘の無事を確認すると、額の汗を拭った。父親と母親の姿を見たモーガンは、ようやく安心した。同時に先程の恐怖が蘇り、みるみるうちに目には涙が浮かんできた。するとトニーがモーガンを抱き寄せた。アーマーに顔を押し付けたモーガンは、父親にギュッと抱きつくと、静かに涙を流した。
すると…
「すごい!モーガンちゃんのパパとママ!」
「アイアンマンはやっぱりヒーローだ!」
と、生徒たちが一斉に手を叩き始めた。顔を上げたモーガンは父親を見上げた。すると父親はニヤッと笑うと、モーガンの背中を撫でた。
「モーガンに話があるみたいだぞ?」
父親の言葉に辺りを見渡すと、
「スタークさん、ごめんなさい。あんなこと言って…」
と、モーガンのことを揶揄った男子生徒たちが、謝りにやって来た。
「ううん、いいの」
慌てて首を振ったモーガンに、事情を知らないトニーとペッパーは顔を見合わせると、首を傾げた。

———
その夜、先日の一件をモーガンは両親に話した。
「みんなはそう言ってたけど、アイアンマンとパパは、いつだって私のヒーローだよ。それから、ママも!ママのレスキューもかっこよかった!」
救出劇を思い出したモーガンは、興奮気味に両親に告げたが、トニーとペッパーは真剣な面持ちで娘に向き合った。
「モーガンもヒーローだったんでしょ?聞いたわよ。お友達を助けるために、バスに戻ったって…。でもね、モーガン…、一歩間違えれば、あなたは死んでいたかもしれないのよ」
泣き出しそうな母親に、モーガンはハッとした。
あの時はティナを助けたいという一心で、後先考えずにバスに戻ってしまった。もし両親が助けにきてくれなかったら、自分は今こうやって両親と過ごすことができなかったのだ。
「ごめんなさい…」
しょんぼりと頭を垂れた娘の頭をトニーは撫でた。
「モーガンが友達を助けようとした勇気は素晴らしいんだ。困っている友達を助けようとしたモーガンのことをパパもママも誇りに思う。だがな、パパもママもモーガンには危険なことをして欲しくない。もしモーガンがあのまま命を落としていたらと思うと、パパもママも気が狂いそうなんだ。モーガン、約束してくれ。これからは危険なことは絶対にしないと…」
頷いたモーガンは、両親を見つめるともう一度頷いた。
「うん、約束する。もう二度と危険なことはしない」
ごめんなさいともう一度頭を下げたモーガンだが、どうしてあの時、両親が助けに来てくれたのかという疑問が浮かんできた。
「でも、どうしてパパとママは助けに来てくれたの?」
そう尋ねると、何故かトニーは気まずそうに目を逸らした。夫をチラリと見たペッパーは、娘に悪戯めいた笑みを向けた。
「パパはね、あなたの携帯電話に追跡装置を仕込んでるのよ」
「えぇ!!!」
驚いたモーガンはその場で飛び上がったが、トニーは頬を膨らませた。
「追跡装置じゃない。モーガンが危険な目にあったら、知らせてくれるだけだ。居場所をいつも探っている訳じゃないぞ」
唇を尖らせムスッとした顔をしている父親に、パパはどれだけ私のことが心配なのかしらと思ったモーガンだが、そのおかげで助かったのだからと感謝した。
(そうだ、パパはメカニックなんだ)
父親が世界屈指の開発者であることを思い出したモーガンは、父親ならきっと何とかしてくれると、お願いしてみることにした。
「ねぇ、パパ。お願いがあるの」
「何だ?」
モーガンはティナのことを父親に話した。するとトニーは胸を叩いて告げた。
「パパに任せておけ。パパの得意分野だ」

———
3日後。
新しい義足ができるまで、学校に行くことができないティナは、部屋に篭っていた。
本を読みながらティナはモーガンのことを思い出していた。危険を顧みず助けに来てくれたのに、あの時ちゃんとお礼を言うことが出来なかった。だから早く学校に行って、モーガンちゃんにお礼を言わなくちゃ…。
そんなことを考えていると、母親が部屋に入ってきた。
「ティナ、お友達が来られたわよ」
今日は土曜日だ。休日の朝から家に遊びに来てくれるような友達なんて今まで一人もいなかったのに、一体誰が来てくれたのだろうと、ティナが考えていると、母親の後ろからモーガンが顔を覗かせた。
「モーガンちゃん!」
ニコニコ笑ったモーガンに、ティナも笑顔になった。

ティナの部屋には、アイアンマンの人形がたくさん置いてあった。もしかしたら、彼女はファンなのかしら…と思ったモーガンは、それならなおさら彼女は喜んでくれるだろうと確信した。
「ティナちゃんにプレゼントを持ってきたの」
そう言うと、モーガンは後ろを振り返った。すると…。
「君がティナちゃんかい?モーガンの父親です」
何とあのトニー・スタークがやって来たのだ。友達の父親というよりも、アイアンマンとしてのイメージの方が強いティナは、目を丸くして固まってしまった。部屋を見渡したトニーは、アイアンマンの人形やポスター、本などが所狭しと並んでいるのに気づいた。ティナに向かってニコッと笑ったトニーは、抱えていた大きなケースを床に置いた。
「娘から聞いたんだ。君の足も神様からの贈り物なんだろ?」
「は、はい!」
目を見開いたまま勢いよく返事をするティナに、トニーは微笑んだ。
「実はな、おじさんはメカニックなんだ。だから君の足を作ってみた」
トニーは箱を開けた。すると中にはアイアンマンカラーの義足が入っているではないか。
「おじさんの腕と同じデザインだぞ」
右腕のジャケットの袖をめくると、同じ色合いの義手が見えた。トニーの義手と、ケースの中の義足を何度も見比べているティナに、トニーは告げた。
「よかったらはめてみてくれないか?」
頷いたティナは、トニーに手伝ってもらい、早速義足を付けた。今までの義足とは違い、違和感もなく、比べ物にならないくらいピッタリだった。
義足を調整したトニーは、ティナの手を持つと立ち上がらせた。まるで自分の本当の足のような感覚に、ティナは恐る恐る歩きだした。
(普通に…歩ける!)
今まではゆっくりとしか歩けなかったのに、スタスタ歩けるではないか。もしかしたら走れるかもと思ったティナは、走ってみた。全速力とまではいかないが、スムーズに動く義足にティナは大喜びだ。
「ママ!走れる!あたし、走れるよ!!」
ドアのそばにいた母親は泣いていた。母親の元に駆け寄ったティナの目にも涙が浮かんでいた。
「気に入ってもらえたかな?」
ウインクしたトニーに、母親は泣きながら頭を下げた。
「スタークさん、ありがとうございます…。本当にありがとうございます…」
何度も礼を言う母親に、自分もちゃんとお礼を言わなければと、ティナはトニーのそばに行くと、頭を下げた。
「モーガンちゃんのパパ、ありがとうございます。あたし、小さい頃から、アイアンマンがずっと大好きなんです。怪我をして右の足がなくなった時、アイアンマンも右の手がないって知ったんです。大好きなアイアンマンも頑張っているから、あたしも頑張ろうって、歩く練習も頑張ったんです。でも、ずっと嫌でした。みんなと同じじゃなくなったことが…」
鼻を啜ったティナは、目に浮かんだ涙を拭った。
「でも、この間、モーガンちゃんが教えてくれたんです。アイアンマン…ううん、モーガンちゃんのパパは、義手は神様からの贈り物だって言ってるって。そんなこと言ってくれたの、モーガンちゃんが初めてでした。あたしの義足も神様からの贈り物なんだって思ったら、あたし、この足が好きになったんです。今はもっと好きになりました。モーガンちゃんのパパがあたしのために作ってくれたこの足が…。本当にありがとうございます」
トニーに頭を下げたティナは、今度はモーガンに向かって頭を下げた。
「モーガンちゃん、ありがとう。モーガンちゃんはいつもあたしと普通にお話ししてくれるし、遊んでくれるから、あたし、ずっとうれしかったの。いつかありがとうって言いたかった。それからあの時、あたしを助けてくれてありがとう。モーガンちゃんはヒーローみたいにかっこよかったよ」
照れ臭そうに笑ったモーガンは、鼻の頭を擦ると、父親に視線を送った。トニーは笑っていた。嬉しそうに笑っている父親に頷いたモーガンは、ティナの手を握りしめた。
「ねぇ、ティナちゃん。今から博物館に行かない?パパが連れて行ってくれるって!」
顔を上げたティナは、目を輝かせた。するとトニーはウインクすると、立ち上がった。
「おじさんでよければ、案内するぞ」
満面の笑みで頷いたティナは見たことがないくらい嬉しそうだ。

モーガンは思い出した。先日博物館で出会った男性たちの言葉を…。
『アイアンマンとしてだけじゃなく、トニー・スタークは、いつも困っている人たちを助けてくれたんだ』
(そっか。だからパパは今でもみんなのヒーローなんだ)
勿論、生まれた時から父親は自分のヒーローだった。だが、今回の件で、何故今でも父親がみんなのヒーローなのか、ようやく分かった気がした。
だからもし今度父親について聞かれたら、モーガンはこう答えようと決めた。
『パパは元アイアンマン。だけど、世界一のメカニックのトニー・スタークは、今でもみんなのヒーローよ』と…。

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