Day 1 (Saturday, August 21): high school/college au

M.I.T.に通う学生に『一番有名な学生は?』と聞けば、誰もが口を揃えてこの人物の名を挙げるだろう。
トニー・スターク。
世界屈指の大企業であるスターク・インダストリーズの跡取り息子。知的でハンサムな彼は、明るくユーモアに富んでおり、非常にモテた。毎日誰かに告白されているのに、彼は全て断っていた。女性に興味がない堅物…と言いたいところだが、そうではない。特定の恋人はいないが、パーティーで知り合った一夜限りの女性は山のようにいるのだ。親友のジェームズ・ローズことローディー曰く『M.I.T.にある紙を使い切っても一夜限りの女性の名前は書ききれない』らしい。
どうして一人の女性を愛せないのかと、ローディーはトニーに聞いてみた。するとトニーは肩をすくめた。
「忘れられない人がいるんだ」
トニーが忘れられない女性…それは彼が幼い頃、親友だった女の子。『ペッパー』という愛称の、そばかすの可愛い赤毛の女の子だ。小学校へ上がる前に、その子は引っ越してしまい、それ以来音信不通になってしまったらしいが、毎日のように共に遊んでいた彼女といる時だけは、トニーは幼いながらに心が安らいだのだ。
「向こうもさ、俺のこと好きだって言ってくれたんだ。だから結婚の約束もしたんだ。おもちゃの指輪をプレゼントした」
真面目くさった顔で頷くトニーに、ローディーは吹き出した。あのトニー・スタークが初恋の彼女を忘れられないというのだ。子供の約束を信じ、今でも彼女のことを思っているのだから、ローディーは笑いそうになった。が、トニーに思いっきり睨まれると慌てて咳払いした。

そんなある日のこと。
講義を終えたトニーは家に戻ろうと校内を歩いていた。すると目の前からアルドリッチ・キリアンが歩いてきた。A.I.M.の跡取り息子である彼は、何かにつけてトニーを目の敵にしていた。最も、あらゆる面において、トニーの方が何歩もリードしているのだが…。
いつもは仲間と連れ立っているキリアンだが、今日は一人の女性と一緒だった。キリアンは鼻の下を伸ばして女性の肩を抱こうとしたが、彼女はあからさまに嫌がっており、その手をするりと交わしていた。
何故か見覚えがあるその女性から、トニーは目が離せなくなった。一夜限りの女性は名前も顔も覚えていないトニーだが、目の前にいる女性はそういう類の女性ではない。彼女の瞳はずっと昔から知っている気がした。
(もしかして……)
心当たりのある名前を口に出そうとしたトニーだが、視線に気づいたキリアンが嫌そうに唸った。
「スターク 、ジロジロ見るな」
すると女性がトニーを見つめた。何度か瞬きをした彼女は、パッと顔を輝かせた。
「トニー?!」
「…ペッパー?」
やはりそうだ。幼馴染のペッパー・ポッツ。トニーが密かに思い続けていた初恋の彼女だ。
こんな所で十数年ぶりに…しかも同級生の恋人として再会するとは、何たる奇跡なのだろう。立ちすくむトニーだが、駆け寄ってきたペッパーは彼に抱きついた。
「トニー!久しぶりね!会いたかったわ!!」
トニーにぎゅーぎゅー抱きついたペッパーの眼中には、もはやキリアンの姿はないようで、積もる話があるからと、ペッパーはトニーをランチに誘った。
するとキリアンは、顔を真っ赤にして怒りだした。
「おい、ヴァージニア。これから俺と…」
「幼馴染に再会したのよ?」
キリアンの言葉を遮ったペッパーは、彼を睨みつけた。そしてトニーの手を握ると、呆気に取られているトニーを引っ張って、近くのカフェに向かった。

「良かったのか?」
席につきランチを注文したトニーは、ペッパーに尋ねた。すると彼女はニコニコと笑みを浮かべた。
「ええ。あなたと再会したんですもの。それに、恋人じゃないの」
「は?」
目をパチクリさせるトニーに、ペッパーは溜息を吐いた。
「付き合ってくれと言われたけど、断ったのよ。でも、しつこくって…。だからお友達から始めましょうって言ったのに、すっかり恋人気取りで困ってたの」
肩を竦めたペッパーに、トニーは神妙な顔をして頷いた。
「あいつは勘違い野郎だから、あり得るな」

それから2人は、お互いの近況を話した。
ペッパーはハーバードに通っており、偶然にもトニーの家の近くに下宿していると分かった。

連絡先を交換した2人は、それから時折ランチやディナーをするようになった。次第に10年以上心に秘めていた想いが蘇ってきた2人だが、幼馴染という関係から一線を越えられずに数ヶ月が経過した。

そんなある日のこと。
授業も終わり友達とランチに向かおうとペッパーがキャンパスを出ると、目の前に車が止まった。一体何事かと思っていると、キリアンが血相を変えて降りてきた。
「どうしたの?」
いつになく慌てふためいたキリアンは、
「ヴァージニア、大変だ!」
と、叫ぶとペッパーの肩を掴んだ。以前強引に車に乗せられ、デートに連れて行かれたことを思い出したペッパーだが、その時のキリアンとは違い、彼は青い顔をして取り乱しているではないか。
「落ち着いて」
何度か告げると、キリアンは深呼吸をした。そして、ペッパーをじっと見つめると、意を決したように口を開いた。
「落ち着いて聞いてくれ。スタークが…病院に運ばれた」
「え……」
トニーが病院に運ばれた…。それもキリアンの様子から考えると、大変なことになっているに違いない…。

真っ青になったペッパーは、ガタガタ震え始めた。その腕を支えたキリアンは、ペッパーを助手席に押し込むと、車を発進させた。

車内でキリアンはペッパーに説明し始めた。

実習中に、とある生徒が作ったロボットが暴走し始めた。皆が逃げ惑う中、トニーはロボットを何とか止めようと奮闘し、大怪我をして病院に運ばれたというのだ。トニーは意識不明の重体で、それならば早くペッパーに知らせなければと、キリアンは急いで迎えに来たと言うのだ。

「でも…どうして……」
キリアンはトニーのことを嫌っているはずだ。それなのに、何故キリアンは知らせに来てくれたのだろうか…。
ペッパーの戸惑いに気づいたキリアンは、彼女にチラリと視線を送った。
「スタークのことが好きなんだろ?」
ペッパーが息を呑んだ。そんなペッパーにもう一度視線を送ったキリアンは、先程よりも明るい声で話し始めた。
「俺は君のことが好きだ。だからずっと君のことを見てきた。だから君の気持ちにはとっくに気づいていたさ。それなのに、どうして俺がこんなに親切なのかって思ってるだろ?確かに俺はスタークのことを目の敵にしてきた。何かにつけて昔から比べられるのが、俺は嫌で仕方なかった。だけど、あいつがいるから俺は負けないように頑張ろうって思えるんだ。あいつが死んだら、ライバルがいなくなって困る」
素直に言いたくないのだろうが、結局のところ、キリアンもトニーのことが心配でならないのだろう。小さく頷いたペッパーは、キリアンを見つめると頭を下げた。
「ありがと、キリアンくん」
そう告げると、キリアンは照れ臭そうに鼻の頭をかいた。

病院へ到着したのは、丁度手術が終わった頃だった。
眠り続けるトニーの手を握りしめたペッパーは、頬にそっとキスをした。
「トニー、そばにいるわ…」

翌日、家に戻ったペッパーは宝石箱を取り出した。そして一番奥に大切にしまっていたおもちゃの指輪を手に取ると、十数年前のあの日のことが鮮明に蘇ってきた。


「ペッパーってさ、かわいいから、ぼくのおよめさんにしてあげるよ」
「ホント?あたしもトニーのことだいすきだから、トニーのおよめさんになりたい!」
すると、トニーがポケットから指輪を取り出した。おもちゃの指輪には、ブルーの宝石が付いており、キラキラ光るその指輪は、幼いペッパーから見ても、美しかった。
「パパがいってたんだ。たいせつなひとには、ゆびわをあげたらいいって。パパもママにいつもあげてるんだよ。だから、これはぼくからペッパーへのプレゼント」
「ありがと!」
頬にチュッとキスをしたペッパーは早速指輪をはめてみた。
「いつおよめさんにしてくれるの?」
するとトニーはニヤリと笑った。
「おおきくなったら!パパみたいな、りっぱなひとになったら、ペッパーのこと、むかえにいくからね!」
「うん!やくそくよ!」

あの時はピッタリだった指輪も、今では小さくて入らない。だが、どんな高価な物よりも、この指輪はペッパーにとって世界一大切な物だった。

その指輪を持ち、ペッパーは病院へ戻った。そしてトニーの手を取ると、話しかけた。
「トニー、覚えてる?小さい時に、あなたは私にプロポーズしてくれて、指輪をくれたでしょ?あの指輪、今でも私の宝物なの…。ずっと忘れられなかったの、あなたのこと…。いつか会えたら、あなたに気持ちを伝えようって思ってたわ…。あなたのこと、好き…。愛してる…」
すると、トニーの手がピクリと動いた。そして…。
「約束通り…迎えに来た…」
ペッパーを見つめたトニーは掠れた声で囁くと、彼女の腕を引っ張った。途端に、ペッパーはトニーの腕の中に閉じ込められた。子供の頃と変わらない温もりと、あの頃とは違い力強いトニーの腕の中で、ペッパーはようやく自分があるべき場所に戻ってきた気がした。

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