トニーの葬儀が終わり、ペッパーは来訪者一人一人に声を掛けていた。
そんな彼女にチラリと視線を送ったストレンジは、足早に立ち去ろうとしたのだが、ストレンジに気づいたペッパーは、娘の手を引き近づいてきた。
葬儀に来てくれた礼を告げたペッパーは、暫く黙っていたが、顔を伏せたままポツリと呟いた。
「…知ってたの?」
ストレンジは思わずペッパーを見つめた。すると彼女は顔を上げた。瞳を潤ませた彼女は、ストレンジの目をまっすぐ見つめた。
「彼が…トニーがあの場で…死ぬと分かってたから…私を連れて行ったの?」
口を一文字に結んだペッパーは、今にも泣き出しそうだ。
5年ぶりに蘇り、ストレンジはヒーローたちをあの場に連れて行った。そして彼女も…今までヒーローとして活動したことのない彼女も連れて行った。それは勿論…自分が見た 唯一の勝利が、彼の命と引き換えと分かっていたから…。あの場に彼女を連れて行かねば、もう二度と会えないと分かっていたから…。
本当のことを告げるべきか迷った。彼女の反応が怖かったから…。だが、嘘を付くべきではないことは分かっていた…。
「そうだ」
ペッパーの目を見据えたストレンジは、ハッキリとした声で告げた。するとペッパーは震え出した。みるみるうちに大粒の涙を浮かべた彼女は、必死で泣くまいとしているようだった。
「ありがとうと…言えばいいのかもしれない…。あの場で…彼の最期を…看取らせてくれて….ありがとうって…。でも…」
大粒の涙がポタポタと地面に流れ落ちた。
モーガンが不安げに母親を見上げた。
「ママ…」
母親の手をギュッと握りしめたモーガンは、反対側の手で抱えていたアイアンマンのぬいぐるみを抱きしめた。
しばらくして、ペッパーは必死で声を絞り出した。
「ありがとうなんて…言える心境じゃないの…」
「分かってる…」
静かに答えたストレンジに、もう一度頭を下げたペッパーは、無言で立ち去った。
ストレンジは空を見上げた。
5年前に見た、たった一つの方法が、トニー・スタークの死だった。
戦いの場で、彼を見つめ、指を1本立てた時…、何をすべきか…いや、何をしなければならないのか悟った彼の顔に浮かんだ絶望と悲しみを…あの一瞬で、妻と娘と永遠に別れなければならないこと、そして死を覚悟しなければならなかった彼の苦しみを…ストレンジは忘れることが出来なかった。
自分は医者だ。医者は命を助けることが仕事のはずなのに…。助けることができなかった。死ぬと分かっていた彼に何もできなかった…。
ペッパーは小さな娘の手を引き、再び一人一人に挨拶をし始めた。気丈にも彼女は笑っていた。悲しみを抑え込み、彼女は必死で笑っていた。娘は状況が分かっていないのだろう…。父親の死をハッキリと理解できていない幼い彼女は、アイアンマンのぬいぐるみを抱きしめ、見知らぬ大人たちを興味深げに見つめている。
彼の娘はまだ5歳にもならないのに、娘から父親を奪ってしまった…。永遠に…。
ストレンジの胸はチクチク痛んだ。
世界を救うためとはいえ、一つの家族から大切なものを奪ってしまった。
世界が救われても、彼女たちは決して救われないのだ。夫の…そして父親の死を、彼女たちは永遠に胸に秘めて生きていかねばならないのだ。
だが、こうするしかなかった。
犠牲は付き物だ、だから仕方なかったと思えばいいのかもしれない。
だが、あの時…スタークは妻に向かって無理矢理笑っていた。そして彼女も『私たちは大丈夫…。ゆっくり眠って…』と夫に笑顔で告げていた。
そして彼が息を引き取った後、彼女は泣きじゃくっていた。
あのやり取りがストレンジは忘れられなかった。
彼が…自分の運命を悟った時の表情が忘れられなかった…。
きっとそれは…永遠に忘れることのできない瞬間…。
ストレンジがずっと背負っていかねばならないもの…。
二度と…二度と…繰り返さない…。
心に誓ったストレンジは、振り返ることなく、その場を後にした。