「ママ!私、アイアンマンになる!」
そう宣言した私を、ママは悲しそうに見つめた。
「…そう…」
暫くしてポツリと呟いたママに、私は不満げに口を尖らせた。
「反対なの?パパみたいなヒーローになったらダメなの?」
パパの跡を継いでアイアンマンになると言ったら、ママは喜んでくれると思っていたのに、どうやらそういう訳ではなさそうだ。だが、理由が知りたい。どうしてパパと同じ道を進むのが、ママにとっては悲しいことなのか…。
「あなたが選んだ道なら…ママには反対できないわ…。でも…」
言葉を切ったママは、そばにあったパパの写真を手に取った。
写真の中のパパは笑っていた。とびっきりの笑顔を浮かべて、ママとそしてまだ赤ちゃんの私を抱きしめていた。
写真の中のパパを見つめるママは、とっても優しい瞳をしていた。でも同時に悲しくて寂しそうな瞳をしていた。
パパの話をする時のママは、今みたいに少しだけ辛そうに見える。それはパパが死んで何年経っても変わらなかった。だって、パパとママは一心同体だったから。だからあの日…パパが死んでしまった日、ママの半分は死んでしまった。
そうだ。あの日は、ママもヒーローになったんだ…。自分もヒーローになったのに、どうして私がなりたいと言うと反対するのかと思った私は、ママに聞いた。
「でも、ママもヒーローになったでしょ?」
するとママは写真の中のパパを指でなぞった。
「ママはヒーローになりたかったんじゃないわ。パパを手伝いたかっただけ。少しでもパパの手助けをしたい…そう思ったから、あの日…パパがプレゼントしてくれたアーマーを着たの」
ママは、結婚記念日のプレゼントのレスキューアーマーを、確かにあの時しか着ていなかった。あのアーマーは、パパのラボの片隅に…パパが最後に着ていた壊れたアーマーと一緒にしまってある。
ママがアーマーをそのままの状態にしているのは、パパとママの最後の思い出だから。パパがあの時、最後まで握りしめていたのは、ママの手だったから…。
ふぅと溜息をついたママは、顔を上げた。そして私に隣に座るよう促した。
ママの隣に腰掛けると、ママは私の手を取った。
「パパはね…アイアンマンになってから、ずっと眠れなかったの。いつも悪い夢を見て…うなされて…。だからね、パパは…死んでようやくゆっくり眠れるようになったのよ…」
ママの目から小さな涙が零れ落ちた。
「ママはね、ずっと嫌だったの。パパがアイアンマンとして戦うことが…。パパは…トニーはいつも傷ついて帰ってきた。身体だけじゃなくて心も…。戦う度に、パパは責任を押し付けられたわ…。ヒーローとして、世間から責任を…。でも、パパは自分の使命だと…役目だと言って、やめようとしなかった。パパは沢山の物を失った…。それでもパパは戦い続けた。でもね…あなたが生まれる前に起こったあの事件で…パパはアイアンマンであることを一度は辞めたの。ママとあなたの幸せを優先してくれた。でもね…パパはやっぱり眠れなかったの。その時ママは気付いたわ。パパにはパパの使命がある。だからどんなに辛くても、それを支えるのがママの使命だと…」
初めて聞くママの気持ちに、私は涙が止まらなかった。私の涙を拭ったママは、少しだけ笑みを浮かべた。
「パパの最期の言葉…知ってる?」
ママは一度も私にパパの最期を話してくれたことはなかった。だから私は、ローディおじちゃんやピーターお兄ちゃんが話してくれたパパの最期しか知らなかった。
「私はアイアンマンだ…よね?」
そう言うと、ママは首を振った。
「やぁ、ペッパー、…よ…」
「え… 」
知らなかった。ずっと『私はアイアンマンだ』が、パパの最期の言葉だと思ってた。ローディおじちゃんたちから聞いた話でも、パパの死んだ日に必ず放送される、アイアンマンの番組でも、そう紹介されていたから。だから私はずっど、パパは私のパパではなくて、ヒーローとして…アイアンマンとして死んだんだって思ってた。
何度も瞬きしている私の手を、ママは握りしめた。
「トニーは…最期にそう言って…まるで泣かないでくれっていうように、笑顔をママに向けて…ママの手を握りしめたまま…眠りについたの…」
ママは私の手を握り締めたママ、自分の胸に当てた。まるでパパの最期を再現するかのように…。
「トニーは…アイアンマンではなくて…ママだけのトニーとして…あなたのパパとして…
死んだのよ…」
そう言うと、ママは私に小さく笑った。
その瞬間、私はパパが死んでからずっと胸に空いていた穴が、すうっと塞がった気がした。パパはヒーローではなくて、私のパパとして眠りについたんだ。パパはヒーローとして死んだと思っていた私は、少しでもパパの気持ちを知りたいと…パパに近づきたいと思って、アイアンマンになろうと考えた。だけど違った。パパはアイアンマンだけど、最期までママと私だけのパパとして、精一杯生きたんだ。
その時、気付いた。
ママがどうしてパパの写真だけを飾っているかということに…。
この家には至る所にパパの写真が飾ってあった。どこにいてもパパの存在が感じられるようにと、ママはパパが死んでから、沢山の写真を飾った。でも、アイアンマンの写真は一枚もなかった。ううん、ラボに一枚だけあった。ウォーマシンと肩を組んでいるアイアンマンの写真が…。
でも、それだけだった。
パパはアイアンマンなのに、どうしてなんだろうとずっと不思議に思ってた。
だけどママの話を聞いてようやく分かった。
パパはトニー・スタークとして死んだんだって…。それに、この家は、パパが唯一『トニー・スターク』に…ママと私のパパになれる空間だったんだって…。だからママはパパの…トニー・スタークとしてのパパの写真だけを飾っていたんだ…。
「ねぇ、ママ。パパも私がアイアンマンになること、反対するかな?」
最後に確認するように聞くと、ママはパパを思い出すように、遠くを見つめた。
「どうかしら。パパもきっと、モーガンが選んだ道ならって…って言うでしょうね。でも…ヒーローの辛さをパパは一番よく分かってる…。だからもしあなたが同じ道を歩みたいって言ったら…自分と同じ苦労はさせたくないってママに向かって言うでしょうね。あなたには直接言わずに…」
あぁ、だからママは私にアイアンマンにはなって欲しくないんだ…。パパがずっと苦しんだように、私を苦しませたくないんだ。きっとそれはパパも望んでいることかもしれない…。
でも私はパパのようになりたかった。ママのようになりたかった。二人のように、この世界を…パパが命を懸けて守り抜いた世界の未来を、ちょっとだけ良くするために、役に立ちたかった。
「パパみたいに…ううん、パパとは違う形で、世界を救う仕事をするのは賛成してくれる?」
そう言うと、ママは私の背中をそっと撫でた。
「モーガンはトニーに…パパにそっくりだから、反対してもやり遂げるでしょ?あなたが好きなようにしなさい。ママは何があっても応援するわ。きっとパパも…」
「うん」
ママに抱きついた私は目を閉じた。
「パパに会いたいね…」
思わずそう言うと、ママは私の頭を撫でた。
「ママもよ…。でもパパのことだから、その辺でモーガンの話を聞いてるわ。モーガンの気持ちが嬉しくて、きっと泣いてるわよ」
ママの言葉に反応するように、パパの写真立てがパタンと倒れた。