“I love you three thousand…”のトニペパ。EG直後の5月29日。
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ペッパーが着替えを取りに家に帰ると、モーガンはキッチンのテーブルで何やらゴソゴソしていた。
「モーガン?何してるの?」
「ママ!おかえり!」
テーブルの上にはラボから持ち出したのだろう、アイアンマンのヘルメットが置いてあった。そしてその周りには、庭で詰んだ沢山の花、そしてモーガンがおやつに買っていたお菓子も…。
「きょうね、パパのおたんじょうびでしょ?だからね、おめでとうってしてたの」
娘に言われ思い出した。今日はトニーの53回目の誕生日であることを…。
2週間前に起こった戦い…。トニーの最後の戦い…。命を懸け地球を…いや宇宙を守り抜いたトニーだが、瀕死の重傷を負った彼は昏睡状態が続いており、ペッパーは今日が5月29日であることすら忘れていた。
「そうだったわね…」
トニーは未だ意識が戻るのかも定かではない。夫の姿を思い起こしたペッパーは、無理矢理娘に向かって笑った。
「パパ、おきた?」
毎日同じことを聞いているが、先日ようやく見舞いに行き父親と対面した時も、彼は眠ったままだった。だが、今日は誕生日だからもしかしたら…と、期待を込めて聞いてみたが…。
「まだ眠ってるのよ…」
母親にそう言われ、モーガンは肩を落とした。
「パパ、おたんじょうびなのに…。ケーキ、たべられないね」
「そうね…」
しょぼくれた娘の頭を撫でると、彼女は顔を上げ、テーブルの上のカードをペッパーに渡した。
「ママ、これ、パパにあげて」
それはモーガン手作りのバースディカードだった。トニーの似顔絵とアイアンマンが描かれたカードには、モーガンの字で『パパ、3000かいあいしてる』と添えられていた。
「パパにそっくりね。上手に作ったのね」
「ハッピーおじちゃんとね、いっしょにつくったの」
得意げに言うモーガンを抱きしめたペッパーは、娘の頭を撫でた。
「パパに渡してくるわね。きっとパパ、喜ぶわよ」
ハッピーに娘を託したペッパーは、再び病院へ向かった。
「今日はあなたの誕生日よ。覚えてる?」
ベッドサイドの椅子に腰掛けたペッパーは、トニーの左手に触れた。最後に言葉を交わした時、自分の手を握りしめていたトニーの左手。そっと握りしめてみたが、何の反応もない。
トニーが生きている証拠、それは彼を生かしている機械音だけだった。
全身包帯まみれのトニーからは、何本もの点滴やチューブが伸びていた。
この2週間、彼は何度も手術を受け、何度も心臓は止まりかけた。だが彼はその度に戻ってきてくれた…。
「モーガンからのプレゼントよ」
眠っているトニーには見えないと分かっていたが、顔の前でカードを開いたペッパーは、それを彼の胸元に置いた。
「パパはお誕生日なのにケーキが食べられないわねって、モーガンからの伝言よ。それから…これは私からのプレゼント…」
首を伸ばしたペッパーは、挿管されたチューブを避けるように、トニーの唇にキスをした。トニーの冷たくカサついた唇に、ペッパーは深い悲しみに襲われた。
と、ドアが開き、医師と看護師が入ってきた。
トニーを診察した医師は、身体に掛けてあるシーツをめくった。そして右腕の状態を確認し始めたのだが…。
「スタークさん…。ご主人の右手なんですが…」
医師の言葉にペッパーは夫の右腕を見た。
トニーの右腕は悲惨な状態だった。真っ黒に焦げ、特に肘から下は骨がむき出しになっており、その骨すらも黒焦げになっている。中指と小指はなくなっており、もはや腕ではなかった。
病院に運ばれた時からだった。アーマーを脱がせる時、肉片が共に剥がれ落ちるのを見たペッパーは、あまりの惨さに涙が止まらなかった。燃え尽き炭と化した腕が崩れる度に、ペッパーは自分の一部が失われた気がした。
いっそのこと、切断した方が良いのでは…という声もあった。が、ワカンダでシュリが治療法を開発中であり、彼女が必ず治してみせるから時間をくれと懇願したのだ。シュリの必死さに一度は切断で心が傾きかけていたペッパーも、か細い糸のような希望に賭けてみることにした。
が、腕は壊死を起こし始めた。感染症を起こす前に…と、指は1本2本と切断され、減っていった。
「親指が壊死を起こしていますので…」
医師に言われたペッパーは頷くことしか出来なかった。
医師がトニーの親指を切断した。
これでまた希望の欠片が失われた…。希望は所詮希望でしかないのかもしれない…。
切断部を消毒し立ち去ろうとする医師に、ペッパーは声を掛けた。
「先生…主人が目を覚ました時…右腕は見えないようにしておいてもらえませんか?もし…少しでも希望があるのなら……。主人には出来るだけ……」
言葉を続けることはできなかった。
目を覚ました時、少しでも心の負担を軽くしてあげたかった。だが逆にそれが彼を苦しめることになるかもしれないが…。
泣き出したペッパーに頷いた医師は、看護師に処置をするよう告げた。
丁寧に包帯が巻かれ固定された腕からは、先程までの絶望ではなく、希望も見えるようになった気がした。自己満足なのかもしれないが、少しだけ気持ちが楽になったペッパーは、トニーの頬を撫でた。
「ねぇ…トニー…。庭にね、あなたの好きなひまわりを沢山植えたの…。モーガンと一緒に…。あの時…ゆっくり眠ってって言ったけど…ひまわりが咲くまでには目を覚まして…。あなたとモーガンと…3人でひまわりを見たいから…。それから…来年のあなたの誕生日は…家族でお祝いしましょうね?約束よ…」
顔を上げたペッパーは窓の外を見た。外はすっかり暗くなっている。そろそろ帰らなければ、娘が待っているだろうとペッパーは立ち上がった。
「お誕生日おめでとう…。もう少しゆっくり眠って…」
トニーの耳元で囁いたペッパーは、左頬にキスをすると、病室を後にした。