「今日は出掛けるぞ」
城へ来て2週間。
朝食を食べながらそう告げたトニーは、ヴァージニアの支度をするよう侍女に告げた。
湯浴びをし身体中をピカピカに磨かれたヴァージニアは、髪を巻かれ、丹念に化粧をされ、着たことがないような豪勢なドレスを着せられ、なすがままだった。
暫くの後、鏡の中には美しい貴婦人が姿を現した。
「あら、まあ、ヴァージニア様。お美しいですわ。きっと陛下もお喜びになられますよ」
(これが…私?)
鏡の向こうには別人のような自分がいた。
幼さは消え、美しく聡明で、色っぽい大人の女性は普段の自分とはかけ離れているのだから、ヴァージニアは戸惑った。
(陛下は気に入って下さるかしら…)
急に不安になったヴァージニアに侍女が帽子を被せていると、タイミングよくトニーがやって来た。
ヴァージニアの姿を口をぽかんと開けたまま見つめていたトニーだったが、我に返ると満面の笑みを浮かべた。
「…美しくて言葉も出ない」
「本当ですか?」
気に入ってもらえたと胸をなで下ろしたヴァージニアの頬にキスをしたトニーは、ニコニコと嬉しそうだ。
「あぁ。国中探しても、お前のように美しい者はおらぬ」
何度も頷いたトニーはヴァージニアに腕を差し出した。
「今日は城下を案内しよう。1度も街には行っていないだろ?」
「はい!」
ここへ来てからずっと、城から見える街に行ってみたいと思っていた。それもトニー自らが連れて行ってくれるのだから、ヴァージニアは嬉しくて堪らなかった。
ヴァージニアを抱き寄せたトニーは、控えていたジャーヴィスとハッピーに何か命じると歩き始めた。
外に出ると、トニーの愛馬であるダミーが待っていた。
「馬の方が良く見えるだろ?」
そう言うと優雅な振る舞いで馬上の人となったトニーは、ヴァージニアに向かって手を差し出した。
「私の後ろに乗れ」
数人の手を借りたヴァージニアが後ろに落ち着いたのを確認したトニーは、彼女に両手で腰を持つよう命じると、馬を走らせ始めた。
トニーは思いの外早いスピードで馬を走らせているため、ヴァージニアは落ちないようにと彼の身体に抱きついた。暫くしてヴァージニアの腕が小さく震えていることに気づいたトニーは、怖がらせてしまったと鼻の頭を叩くと、馬のスピードを緩め、のんびり歩かせ始めた。
「ところでジニーはいくつになった?」
出会った時は確か12か13だと言っていた覚えがあるが、正確な年齢は知らない。
「はい、15になりました」
背中に顔を押し付けているせいでくぐもった声を出したヴァージニアに、トニーは目をくるりと回した。
「そうか。我が国では16になると結婚が許されるのだが…。いつが誕生日だ?」
「はい、9月にございます」
今は10月だ。あと1年近く待たなければ結婚出来ないのかと、トニーは気づかれないよう肩を落としたが、考えようによっては1年かけて彼女をじっくり調教できるのだと、思い直した。
「それなら、お前が16になった日に結婚式を挙げよう」
(け、結婚?!)
結婚を考えているとは言われていたが、実際結婚するとなると…。
トニーは国王、つまり自分は王妃となるのだ。この広大なスターク国の王妃に…。何の取り柄もない自分に、国を共に背負っていくことなど出来るのだろうか…。
急に不安に襲われたヴァージニアだが、自分もトニーの年を知らないことに気づいた。
「陛下はおいくつなのですか?」
「私か?お前よりもうんと年上だ。35だ。20も下の娘のようなお前に心を奪われてしまったと、笑う者もいる」
そんなに年上だとは思いもしなかった。風貌も年より若く見えるトニーは、かなり子供っぽい面があるため、まだ20代後半だと思っていた。が、亡き父親よりもやや若い程度のトニーだから、包容感があり安心できたのかもしれない。
「年は関係ありません。私にとって、陛下はたった一人のお方ですから…」
気付かぬうちに心の声を出したヴァージニアの手をそっと握り締めたトニーは、嬉しそうに目を細めた。
城の門をくぐると、賑やかな街並みが広がっていた。大勢の人が行き交う中をトニーが馬を進めると、道行く人々は立ち止まり、頭を下げ始めた。
「どうだ?商いは順調か?」
「子はもう産まれたのか?」
馬上から気さくに声を掛けるトニーに、街の人々もニコニコと返答している。
驚いたことに、トニーは国民全員の名前や近況などを覚えているようだ。
「陛下は皆のことを全て覚えていらっしゃるのですか?」
そっと尋ねてみると、トニーは当然だというように眉を吊り上げた。
「名は覚えている。全部ではないが、商いを始めたとか、結婚したとか子が生まれたとか…報告のあった出来事は、覚えている」
ヴァージニアは感心したように声を上げた。こういった細かい心配りをしているから、トニーは国民に慕われているのだ。
(私も陛下を見習わなきゃ!)
そう決意したヴァージニアは、辺りをキョロキョロと見渡したのだが、皆が自分の方を凝視していることに気づくと、恥ずかしくなりトニーの背中に顔を押し付けた。背後からギュッと抱きつかれたトニーは、小さく笑みを浮かべると馬を止めた。
「歩いてみるか?」
振り返り告げると、顔を上げたヴァージニアは目を輝かせた。
先に馬を降りたトニーは、ヴァージニアの手を引っ張ると落ちそうになった彼女をしっかりと受け止めた。どさくさに紛れて唇を奪ったせいで頬を赤く染めたヴァージニアの手を握ると、空いている手で馬の轡を取り、歩き始めた。
仲睦まじく歩く2人を街の人々は温かく見守っていた。というのも、こんなにも嬉しそうなトニーは今まで見たことがなかったのだ。詳しい事情は知らないが、トニーが孤独であることは皆知っていた。国民一人一人のことを気にかけてくれる素晴らしい国王である一方、彼自身は愛情に飢え一人ぼっちであることを、国民は皆ずっと気にしていたのだ。それがヴァージニアがやって来てからのトニーは、ずっと楽しそうなのだ。ようやく国王陛下を救って下さる方が現れたと、ヴァージニアに感謝していたのだ。
そし今日、ようやく実物の彼女を見ることが出来たのだが、ヴァージニアは思いの外若く、そして可愛らしかった。まだ幼さの抜けきっていないヴァージニアに、人々はトニー同様すっかり虜になってしまった。
花屋を見つけたヴァージニアは、トニーの手を離すと店先に駆け寄った。
色とりどりの花束を眺めていたヴァージニアだが、トニーの部屋と自分の部屋に飾ろうと思い、花束を2つ手に取ると、金貨を差し出した。
「これを2つ頂きたいのですけど」
「ヴァージニア様、こちらはお納めください」
花屋の主人は金貨をヴァージニアに返した。そして花束を5つ6つ取ると手渡した。
「で、でも…」
戸惑うヴァージニアに主人はトニーに聞こえないように囁いた。
「私からの贈り物です。ヴァージニア様が来られてから、陛下に笑顔が戻りました。私たちは皆、ヴァージニア様のおかげだと申しております。ですからそのお礼です」
「え…」
自分のおかげでトニーが変わったということは、スターク国へ来てからずっと言われ続けているが、以前のトニーがどんな状態だったのか分からないので、そう言われるといつも戸惑ってしまう。
(陛下は私に出会う前、どんな方だったのかしら…)
子供を抱き上げて笑っているトニーを見つめたヴァージニアは、早く彼が心開いて話してくれますように…と祈った。
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