Cupid of love

とある国に3人の美しい娘がおりました。中でも末娘のペッパーの美しさは、言葉では表せないほどです。その美しさを一目見ようと、たくさんの人々がこの国にやってきました。そのためこの国の城主の妻であるマリアを訪れる人も少なくなり、ペッパーはマリアの嫉妬を買ってしまいました。
「私は国の美人コンテストで優勝してハワード様に選ばれ、国中の人間は私が世界一だと言っていたのに!それなのに、今やあのペッパーという娘のことばかりじゃない!」
きっとその娘は美貌を武器に男を垂らし込んでいる悪女に違いない。キーっとハンカチを噛み締めたマリアは、息子であるトニーを呼びました。
「あのペッパーという娘を始末しなさい」
マリアの息子、つまりこの国の王子であるトニーは、大の女好き。ですからペッパーの噂ももちろん知っていました。一度是非お相手願いたいものだと機会を伺っていましたが、身分の問題もあり、迂闊に手を出せなかったのです。それが母親の命令とはいえ、会えることになったと、トニーは二つ返事で了承するとペッパーの家へ向かいました。

闇に紛れてトニーはペッパーの寝室に入りました。寝ている彼女は美しく、トニーはそのあまりの美しさに自分を抑えることができませんでした。始末なんてとんでもない。このままお持ち帰りしたいくらいだ…。そう思ったトニーですが、母親の命令は絶対です。今すぐには連れて帰れないのなら、せめて口付けだけでも…と、トニーはペッパーの額にキスをしました。するとペッパーが目を覚ましてしまいました。暗闇に誰かいることには気づきましたが、姿は見えません。ですが先程のキスの感触は忘れ難く、2人はお互いの存在を知らぬまま恋に落ちてしまったのです。

ところで、ペッパーの姉たちは、すでに結婚していました。が、マリアの不興がたたって、誰もが誉めたたえる美しさを持ちながらも、誰もペッパーにプロポーズしなかったのです。ペッパーの両親は心配のあまり、マンダリンという占い師の元へ彼女を連れて行きました。
「ペッパーは人間の誰とも結婚できない。山の頂きに連れて行き、そこに置いていきなさい。山の怪物が彼女と結婚するだろう」
この国ではマンダリンの占いは絶対です。悲しみながらもペッパーの両親は、婚礼衣装を着させてペッパーを山に連れていったのでした。
ところがこのマンダリン、とある事件で偽物だとばれ、トニーに弱みを握られていました。つまり先程の占いは全てトニーの指示だったのです。そうとは知らないペッパーは、山の中に一人ぼっち。暫くは悲嘆に暮れていましたが、山の美しさに癒やされ落ちついてきました。そして崖から回りを眺めていると、突然ローディーという男性が現れました。厳つい甲冑のような物を着た彼は、ペッパーに向かって一礼すると、彼女を抱き空高く飛び上がりました。そしてペッパーを美しい森に連れて行きました。
その森には立派な宮殿と澄んだ泉がありました。ペッパーがその家に入っていくと、突然どこからともなく声が聞こえました。
『ペッパー様、私はジャーヴィスと申します。ここにあるものはすべてあなた様のものです。何なりとお申し付けください』
どこから声がするのか全く検討も付きませんが、ある意味度胸の座っているペッパーは、しばし宮殿の中を散策すると、湯浴みし用意されていた夕食を食べました。お腹が満たされたペッパーは、指示された寝室へ向かうと、ベッドに潜り込みました。しばらくして、寝室に誰かが入ってきた気配がし、優しい声が聞こえました。
「私がお前の夫だ。しかし、絶対に、ぜーったいに、私を見てはダメだぞ!」
鼻息荒く告げた彼女の夫は、ベッドに潜り込むとペッパーを抱きしめました。力強く優しい腕に抱かれたペッパーはすっかり安心してしまい、その声の主…つまりはトニーとともに幸せに暮らし始めました。

***
幸せに暮らしていたペッパーでしたが、ふと思い出したのは両親や姉たちのこと。きっとみんなは私が山の怪物に食べられたと思っているはず。だけど私がこうして、幸せに暮らしていることを知って欲しい……。そう思ったペッパーは、夜になりやって来た夫に頼みました。
「お願いします。お姉様たちに会わせて下さい」
騙して連れてきたようなものなのです。もしペッパーが生きていることが母親の耳に入れば、どうなるか分かりません。ですが結局のところペッパーには甘いトニーですから、しぶしぶながらこの願いを聞き入れました。
数日後、ペッパーの2人の姉はローディーに連れられ宮殿にやって来ました。姉たちはその立派な宮殿の外観に驚き、そして中に入っても立派な家具や調度品にも感嘆しました。
(どうして末っ子のあの子が一番良い暮らしをしているの?!)
もちろん声には出しませんが、2人の姉は嫉妬心を抑えることが出来ません。
「御主人は何をされているの?」
これまた豪勢な客間で、2人の姉はペッパーを質問攻めにしました。
「昼間は狩りに出ていますが、毎日夕方にはお帰りになられます」
と、トニーに教わった通りにペッパーは答えます。ですが、
「そんなはずはないでしょ?毎日狩りになんか行くはずがないわ」
と、姉も負けてはいません。姉の迫力に負けたペッパーはとうとう
「実は何も知らないの」
と、白状してしまいました。
思った通り、彼女は所詮夜だけのオンナなのよと鼻で笑った姉たちは嫌がらせの質問をしました。
「マンダリン様の占いでは、怪物がお前の夫になるんでしょ?夜しか姿を見せないなんて、大蛇に違いないわ!お前を太らせてから、食べてしまうのよ」
「今夜、ナイフと明かりを用意して、確かめてみた方がいいわ。大蛇だったら、その首を切っておしまいなさい!」

言われてみれば、名前も名乗らず、1度も姿を見た事がないなんておかしい。ベッドの中で抱かれる時だって、彼は1度も顔を見せたことはないのだから…。
姉たちの言葉にペッパーもだんだん不安になりました。そこでその夜、彼女はこっそりランプとナイフを持って寝室に入りました。
愛し合った後、トニーが寝入るのを待ったペッパーは、手にナイフを持ち、ランプを掲げました。ですが、そこにいたのは大蛇や怪物などではない、1人のハンサムな男性でした。
(あぁ…やっぱり!思っていた通り、世界一素敵な方だわ!)
一目で恋に落ちてしまったペッパーですが、その神々しい美しさに動揺し、ランプの熱い油をトニーの肩に落としてしまいました。
「熱っ!!!」
あまりの熱さに飛び起きたトニーですが、見ると眠っていたはずのペッパーが、やけにキラキラした瞳で自分を見つめているではありませんか。
「ペッパーよ、私の姿は見てはならぬと約束したではないか」
その約束はトニーにとって、もうどうでもいい約束だったのですが、約束は約束です。彼女がきちんと守ってくれなかったことを悲嘆したトニーは、アーマーを呼び寄せると窓から夜空に飛んで行ってしまいました。

「あぁ…私はどうして約束を破ってしまったのかしら…」
そのまま泣きながら夜を明かしたペッパーですが、トニーは帰ってきません。その後、ペッパーはトニーを探しましたが、見つかるはずもありません。
帰るところもないペッパーは、一先ず姉たちの所に行きましたが、そこで夫が戻って来ないことをうっかり話してしまいました。姉たちは表面上は心配しましたが、『これはチャンス!今度は私が奥さんになれるかもしれない』と思いました。そこで2人揃って山に行ったのですが、足を滑らせ崖から落ちて死んでしまいました。

2人の姉も戻って来なくなり、ペッパーは再びトニーと暮らした宮殿へやって来ました。そこでペッパーはジャーヴィスからトニーの正体含め、事の顛末を教えられたのです。
『トニー様は城に戻られて、傷の手当をされています。ペッパー様がご存命であり、トニー様と暮らされていたことはマリア様の耳にも届いております。罰としてトニー様はお城から出ることを禁じられています。あの時衝動的に飛び出してしまったが、本当なら一刻も早くペッパー様の元に戻りたい。だからこのことを伝えて欲しいと、毎日のようにトニー様は言われています』
彼女の夫…つまりこの国の王子であるトニーは、自分のことを求めている。そう感じたペッパーは、どんなお咎めでも覚悟しようと誓うと、城へ向かいました。
城ではこの国の王妃であり、トニーの母親であるマリアが待ち構えていました。

ところでこのマリア、今回の一件を密かに喜んでいました。というのも、息子であるトニーはいつまで経っても女性の尻を追いかけており、誰かいい人が現れて落ち着いてくれないかしらというのが、ここ数年のマリアの悩みの種でした。ですが、その女性が突然現れたのです。それがあのペッパーというのに最初は難色を示したマリアですが、ジャーヴィスから2人の日々の暮らしを聞くと、ペッパーという娘は想像していたような悪いオンナではないのかもしれないと思い始めたのです。ですが、ペッパーのことを疎んでいるという噂が立っている以上、嬉嬉として優遇する訳にはいきません。それに彼女のトニーに対する思いが本物なのかも厳しく確かめなければなりません。
「何でもいたしますので、どうかお許しを」
とマリアと対面したペッパーは必死でお願いしました。
「恥知らずな娘ですこと!トニーはいまだ傷が治っておらず、寝室にこもりっきりなのよ!本来ならばあなたは極刑です。ですがトニーはあなたのことを大切に思っているようです。ですからあなたに3つの試練を与えます。これを無事クリアすれば、トニーと一緒になることを許します」
マリアの言葉にペッパーは、大きく頷きました。何としても試練をクリアして、トニーに会いたい。ペッパーの思いはただそれだけでした。

***
1つ目の試練、それは食料庫に山積みになった小麦、大麦、えんどう豆などを、夕方までにそれぞれより分けること。
自分の背の高さの何倍もある山を前に、ペッパーはどうしていいか分かりませんでした。夕方までにより分けるなんて無理に決まっている…。でもこの試練を乗り越えなければ、トニーに会うことはできないのだ。
「少しずつするしかないわよね…」
跪いたペッパーは、笊いっぱいに穀物を取ると、一つずつ選別し始めました。
これを見ていたのはトニー。ペッパーが城にやって来て、母親が無理難題を出したと聞いたトニーは、飛んでやって来たのです。ですが、自分が手伝う訳にはいきません。一人で奮闘しているペッパーを何とかしてやりたいと思ったトニーは、友人であるスコット・ラングの元へすっ飛んでいきました。
事情を話すと、スコットはトニーの頼みならと、快諾してくれました。このスコット、実はアリを自由自在に操れるのです。アントニーというアリに何やら指示を出すと、そのアリは大勢の仲間を連れてペッパーのいる倉庫へ向かいました。突然押し寄せてきた大量のアリに悲鳴を上げたペッパーですが、アリたちはあっという間に山を選別してくれました。
「もしかして、トニー様が助けて下さったの?」
姿は見えないトニーですが、その心遣いに感謝したペッパーは、早速マリアに報告に向かいました。
「では、次の試練よ…」
と、ペッパーに第2の試練を告げたマリアですが、彼女が姿を消すとため息を付きました。
「全くトニーったら…。放っておけなかったのは分かるけど、ママはアリが嫌いって言ったでしょ!」

第2の試練は羊毛を刈ることでした。
「森の水辺にいるヒツジの毛を取ってきてくださる?あのヒツジの毛は高価なの」
ヒツジの毛なら何度か刈ったことがあります。これなら簡単だわと川へ向かったペッパーですが、そこにいたバートンと名乗った農夫は顔を顰めました。
「あんた、ここのヒツジの恐ろしさを知ってるのか?陽の登っている午前中、ここのヒツジたちは残忍だ。群れに近づけば何をされるか…。だが、真昼時になるとヒツジたちも木陰に入り、昼寝する。その時がチャンスだ。川を渡りヤブや木立についた羊毛を集めろ」
そんな恐ろしいヒツジだとは思いもしなかったペッパーは震え上がりましたが、面識もないのに親切に教えてくれたバートンの手を握りしめました。
「まぁ、ご親切にありがとうございます!」
ニッコリと笑ったペッパーは可愛らしく、バートンは思わず顔を赤らめました。手を振りながら歩いていくペッパーに、バートンはヤレヤレと肩をすくめました。
「親切にしないと、後でトニーに殺されるからな…」

バートンに教わった方法で、ペッパーが羊毛を集めまくりました。そして大量の羊毛と共に帰ってきたペッパーに、マリアは思わずニンマリと微笑みました。
(あらあら、ペッパーちゃんったらやるわね。どうせトニーが助けたんでしょうけど。でもこれで可愛らしいケープを作らせましょう。ペッパーちゃんとお揃いのね!)
ですが、そんなことを考えていると表情に出さないマリアは、ペッパーに最後の試練を告げました。

第3の試練は、今まで以上に難関でした。
「アスガルドのフリッガ様からお肌のツヤが出る化粧品をもらってくること」
ここにきて、ペッパーはついに自分の死を覚悟しました。生きたままでは、神の国アスガルドへは行けないと考えたからです。そこでペッパーは高い塔から身を投げ、神の国へ行こうと決心しました。そしていざ塔を登ったペッパーですが、そこへ聞きなれぬ声が聞こえてきました。
「哀れな不幸な娘よ、なにゆえ、そのような生涯の閉じ方をするのか?今までだって、奇跡的に助けてもらったではないか!」
どこから聞こえるのかとキョロキョロしていると、突然すぐそばに雷が落ちました。あまりの眩さに目を閉じたペッパーですが、再び目を開けるとハンマーを振り回しながら空に浮かぶ男が目の前にいるではありませんか。男はソーと名乗り、自分はフリッガの息子だと告げました。事情を話すとソーは少し待つようペッパーに告げると、小さな箱を手に戻って来ました。どうして親切にしてくれるのかと尋ねると、ソーは笑って答えました。
「スタークの大切な女性を邪険にする訳には行かぬ。だが忠告しておく。その箱は決して開けてはならぬぞ!」
そう言うと、ハンマーを掲げたソーは稲光と共に姿を消しました。

こうして、ペッパーは無事帰ってくることができました。が、危険な試練が終わったと思うと、ホッとした彼女は心にスキが生まれました。
「少しくらいなら頂いてもいいかしら?これからトニー様にお会いするんですもの。美しい私を見て頂きたいわ」
そう思うと、どうにも止まりません。忠告されたにも関わらず、ペッパーはとうとう箱を開けてしまいました。実はその箱は、『眠りの箱』だったのです。突然猛烈な睡魔に襲われたペッパーは、その場にパタリと倒れてしまいました。
「ペッパー!」
ペッパーが地面に倒れる寸前、どこからともなくトニーが飛び出してきました。実はペッパーを心配するあまり、トニーはずっと跡をつけていたのです。死んだように眠るペッパーに、トニーは箱の中身が何か気が付きました。トニーが急いで箱を閉じ、ペッパーの唇にキスをすると、彼女はゆっくりと目を覚ましました。
「まぁ、トニー様」
目を覚ますとトニーにキスをされていたのですから、ペッパーは真っ赤になると恥ずかしそうに顔を隠しました。よくよく考えれば、こんなに明るい場所でハッキリとお互いの顔を見たのは初めてです。
「ペッパー、お前は大胆な女性だな。だが、純粋で健気なお前に惚れ直した。それに私に向けられる愛情も…。お前は母上の試練を見事成し遂げた。だがあの母上だ。もしやまた無理難題を押し付けるかもしれぬ。丁度父上が隣国から戻られた。母上を説得するよう父上に頼んでみよう」
ペッパーに何度もキスをしたトニーは、馬に飛び乗ると城へと向かいました。

トニーは父親であるハワードに二人の結婚を許してもらうようお願いに行きました。控えめで美しいペッパーをハワードは一目で気に入りました。ということで、ハワードはトニーにマリアを全力で説き伏せると約束したのですが…。
「ハワードったら!私がいつ反対したのよ!」
頬を膨らませたマリアは、ハワードを睨み付けました。
「だが、マリア。トニーや部下の話によると、お前はペッパーが美しいことを妬み、命を奪おうとしたばかりか、無理難題を押し付け困らせたそうじゃないか」
誰がそんな酷いことを…と言おうとしたマリアですが、その酷いことを実際にしたのは自分です。きちんと認めろと言わんばかりに腕組みしているハワードに、マリアはドレスの袖口を弄び始めました。
「命を奪おうとしたのは認めます。あの時は噂でしか分からないペッパーちゃんのことを疎ましく思っていました。ですけど、私がトニーをペッパーちゃんの元に向かわせなければ、あの2人は出会っていなかったんですよ!それにトニーが初めて恋に落ちたお相手なのよ。反対する訳ないわ!むしろ熨斗をつけてあの子にお任せしたいわよ!それに、無理難題を押し付けたのは、あの子達が本当に愛し合っているのか確かめたかったからです。私の計画は上手くいきました。ですから、あなた、私に…」
「もういい。とにかく、あの2人が一緒になることに異論はないな?」
これ以上喋らせれば、何を言い出すか分からない。妻を制したハワードは、自室で待たせてあるトニーとペッパーの元へ向かいました。
その後、トニーとペッパーはめでたく結ばれ、すっかり打ち解け、本当の親子のようにペッパーと仲良くなったマリアの仕切りで、歴史上に残るような盛大な結婚式が行われました。そしてすぐにペッパーとトニーの間には可愛らしい女の子が産まれ、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。

*****
ギリシャ神話「エロースとプシュケー」のパロです。フォロワーさんの『声のない召使ってジャーヴィスだよね』という呟きから神話にまで手を出してしまった有様です(;^ω^)
文章は多少改変していますが、こちらの「1話5分で読めるギリシャ神話」様を参考にさせて頂いてます。

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