Into the Blue

アベンジャーズより。もし、あの時トニーがロキに洗脳されていたら…

「お前の仲間は、お前と戦うことになるんだからな」
ロキのあの魔法の杖が私の胸元…正確にはリアクターの下の柔らかな皮膚の部分に触れた瞬間、何かとてつもなく邪悪なものが私の心に雪崩れ込んできた。抵抗 しようにもその濁流のようなものは私の身体の隅々に行き渡り、そして頭の中にも押し寄せてきた。やめろ!と叫ぶ隙もなく、私の身体と精神は飲み込まれ、ロキに支配された。

「ハハハ!これは面白くなってきたぞ。アイアンマンは我が手に堕ちた!スタークよ、跪け!私に忠誠を誓え!」

その言葉にノロノロと跪いたトニーは、ロキの足元に這いつくばると、靴に口づけをした。何度も口づけをするその姿に満足そうに鼻を鳴らしたロキは、トニーの顎をあげると
「さて…お前の元仲間をお前に殺してもらおう。どう料理しようが勝手だが…兄上だけは連れて来い。私が手を下すからな。さあ、行け。トニー・スタークよ」
何も映っていないどんより曇った瞳を空に向けると、トニーは抑揚のない声で言った。
「ジャーヴィス…マーク7を用意しろ」
トニーの声色に異変を感じ取ったジャーヴィスは
「トニー様…マーク7はまだ実用段階ではありませんが…」
と恐る恐る言った。
するとトニーは、声を荒げて叫んだ。
「いいから出せ!あいつらを皆殺しにするんだ!この街を徹底的に破壊するんだ!」
トニー様はあの魔物に操られている…。トニーに従順な電脳執事は迷った。ここで主人に従えば、トニー・スタークが愛する仲間もそして街も全部破壊されてしまう…。だが、従わなければ、主人はあの魔物に痛めつけられるだろう…。
トニーがなかなか動かないのを見たロキは、次第にイラつき始めた。
「トニー・スタークよ。何をしているのだ!早くしろ!」
「そんなにイラつくな…。ジャーヴィス、早く出せ…」
ジャーヴィスは決断した。
「トニー様…申し訳ありませんが…。あなた様は私の知っているトニー様ではありませんので、私は従えません。」
「何だと⁈」
愕然とするトニーに、ロキが近寄ってきた。
「どうしたのだ!なぜアイアンマンにならないのだ!早く殺しに行け!」
「アーマーがないと私は戦わない主義なんだ」
シレっと言ってのけるトニーだが、その言葉にロキは激怒した。
「ではこのまま戦え!それが無理なら…私がこのままお前を殺して、バラバラになったお前を仲間の元に送り込んでやる!」
ロキはトニーを壁に向かって思いっきり投げつけた。トニーはグラスの並べられた棚に激突し床に叩きつけられた。
トニーの上に砕けたガラスと壁の破片が降り注ぐ。全身を強打し起き上がれないトニーの首をロキは鷲掴みに空中に掲げた。ロキはトニーの首筋に置いた指先に力を加えていく。トニーは足をバタつかせ抵抗するが、相手は神。かなうはずもなく、次第に身体から力が抜けていくトニー。
「トニー・スタークよ。お前には失望したぞ…。下等な人間め。その命をもって私に償え。さあ、どこからバラバラにしてやろうか?まずはお前の左手をあのロマノフの元に…」
ロキがトニーの左手を捻じり、手を下そうとした時、
「ロキ!スタークを離せ!」
窓際に降り立ったのは、彼の義兄であるソー。
ソーの姿を見たロキはニヤリと笑い、トニーを離した。
盛大に咳き込むトニーの首筋には、まるで首輪のようにくっきりとロキの指跡が赤く刻まれていた。
「兄上!ちょうどいい!私を止めてみろ!」
ロキはソーに襲いかかった。激しく戦い合う二人の神。やっと息ができるようになったトニーはロキが窮地に陥っているのを見て、何とか手を打たねば…とボンヤリする頭で考えた。
そこへ怒声と共に緑色の大きなものが飛び込んできた。ハルクだ。ハルクはロキに掴みかかると、何度も床に叩きつけた。さすがのロキもハルクにはかなうはずもなかったのだ。
座りこんで立ち上がらないトニーの元へソーが駆け寄った。
「大丈夫か?」
「あぁ…」
手を差し伸ばしたソーをトニーは隠し持っていたグラスの破片で斬りつけた。
「おい!何をするんだ!スターク!」
立ち上がりニヤリと笑いながら自分の方を見つめたトニーにソーは絶句した。その瞳は、本来の茶目っ気たっぷりのトニー・スタークのものではなく、青く濁り意思のないものだった。
「何を…だと?お前たちを殺せと言うのがロキの命令だからな…」
「何⁈」
唖然とするソーとハルクの耳へロキの高笑いが聞こえた。
「ハハハ!スタークは…我が手に墜ちたのだ…。兄上、残念だな。スタークは私の忠実な僕なのだよ」
「ロキ!スタークに何をしたのだ⁈」
倒れたロキの襟元を掴みソーが怒鳴りつけると
「魔法をかけた。私の犬になるようにな…。さすが鉄の男だ。トニー・スタークは強い心を持っていたからな…。さあ、スタークよ…早くこいつらを殺せ!」
ロキの言葉にソーに向かって突進するトニー。
スタークが俺たちを殺すだと?ロキの言葉を信じられないソーは動けなかった。トニーがソーに斬りかかる前に、ハルクがトニーを押さえつけた。ハルクの腕の中で暴れるトニー。
「離せ!」
「おい!スターク!しっかりしろ!」
ソーはトニーの頬を押さえ必死に説得するが、トニーの目には憎悪以外何も映っていなかった。

そこへ現れたのはブラック・ウィドウ。
「キューブの止め方が分かったの!ロキの杖を…。な、何してるの?」
ナターシャはハルクの腕に押さえつけられているものの、目の前のソーに襲いかかろうとしているトニーの姿に目を見張った。そしてその目はクリントと同じようにロキに操られていることに気付いた。
「スタークが…」
うろたえたソーにナターシャは
「バートンは…記憶を補正したら治ったわよ…と言っても、頭を殴っただけだけど…」
と言い三人の方へ近寄ろうとした。
「ロマノフ!君は早くキューブを止めろ!スタークは何とかする」
先にキューブを止めなければ…。ソーはナターシャをキューブの元へ向かわせると
「スターク…我慢しろよ…」
と言い、「殺してやる!離せ!」とわめくトニーの頭を掴み、壁へ叩きつけた…。

***

目を覚ましたトニーは、自分が台の上にくくりつけられているのに気付いた。後頭部はこぶでもできているのかズキズキと痛み、そして頭は靄がかかったように朦朧としている。
頭の中にあいつがいて、みんなを殺せ!街を破壊しろ!と意思に反して命令してくる…。
あいつを私の中から早く追い出さなければ…。またあいつに…。

「スターク!気がついたか?」
「キャプテン…」
ドアのそばでトニーの様子を見守っていたスティーブがトニーの顔を覗き込んだ。その瞳はいつものトニー・スタークのものだった。よかった…とスティーブが腕の拘束を解こうとした時、
「待ってくれ!」
とトニーが叫んだ。
トニーは頭痛でもするのか、眉間に皺を寄せ、脂汗をかいている。
「おい!スターク!どうした?」
目をギュッと瞑り苦悶の表情を浮かべるトニーをスティーブは心配そうに見つめた。すると、トニーの目がパッと開いた。が、その瞳はまたしても青く濁っていた。トニーは縛られた自分の身体を見ると、憎しみを込めた目でスティーブを見つめると
「何をする気だ!早く私を開放しろ!」
と暴れ始めた。
「スターク…」
まだ洗脳が解けてないのか?早く解決策を見つけなければ…。
憎悪に満ちた言葉を叫び続けるトニーに猿轡を噛ませると、スティーブは足早に部屋を去った。

***

「一体どうすれば…」
頭を抱えるメンバーたち。誰が行ってもトニーは受け付けようとしないため、打つ手がない。

その時エレベーターから一人の女性が降り立った。トニー・スタークが愛するただ一人の女性。NYでの出来事をニュースで知った彼女は、トニーが心配になり引き返してきたのだ。
彼女は深刻な顔をして座り込む面々の中にトニーがいないことに気づき不安そうに辺りを見回した。
「トニーは?」
何と説明すればいいのだろう…。あれは君の愛する彼ではないと言えばいいのだろうか…。だが、彼女なら…彼が愛する彼女なら、もしかしたら救えるかもしれない…。
スティーブはペッパーにかけることにした。
「ミス・ポッツ…実は…」

近づくのは危険だが、彼を救えるのは君しかいない…。だが、もし身の危険を感じたら、これを…。そう言ってスティーブが手渡したナイフをじっと見つめるペッパー。危険を感じたら…これでトニーを刺せと言うの?
でも…例えそうでも…私には出来ない…。

ペッパーはトニーが拘束されている部屋に入ると、ドアのそばにあった小さなテーブルにナイフをそっと置いた。
「トニー…」
猿轡をされ声を発することが出来ないトニーは、ペッパーの姿を見ると、唸り声をあげて威嚇した。その青く淀んだ目にいつもいるはずの自分の姿がないことにペッパーは悲鳴をあげそうになった。
こんなのトニーじゃない!怖い…。
でも私が助けないと…誰が彼を助けるの?
「トニー…。大丈夫よ。あなたを助けたいの…」
話しかけながらトニーにゆっくりと近づくペッパー。だがトニーは、全身を動かし拘束を解こうと暴れた。
拘束されてからずっとそうしていたのだろう、手足にはめられた金属の太い輪がトニーの皮膚と擦れあい、無数の傷跡からは鮮血が滲み出ていた。
その姿にいたたまれなくなったペッパーは、トニーの元へ走りよると身体にしがみついた。
「ねぇ、トニー…私のことも覚えてない?しっかりして…あなたはこんなことに屈しないでしょ?負けたりしないわよね…」
トニーはペッパーに抱きしめられると、暴れるのをやめ、大人しくなった。
トニーの頬をそっと触りながら目を見つめると、トニーの瞳が一瞬元の瞳に戻った。そしてトニーは目をギュッと瞑り、苦しそうに頭を振った。
「トニー…お願い…頑張って…」
額から滝のように流れる汗を優しく拭いながら、ペッパーは一人必死で戦うトニーを励まし続けた。

どのくらい経っただろう…。トニーがゆっくりと目を開けた。
「トニー?」
ペッパーがトニーを覗き込むと、その目はペッパーのよく知っている、そして愛する瞳だった。
「大丈夫?」
ペッパーの呼びかけにトニーは頷くと、何か言いたそうに口を動かそうとした。
「待って…外すから…」
猿轡を外すと、トニーは大きく息をした。
「ペッパー…大丈夫だから、外してくれないか?」
そう言うとトニーは手足を拘束した金属を動かした。

「スタークは元に戻らないだろ?」
逃げられないよう監禁されたロキの元を訪れたソー。文句を言いたげに自分を睨みつけるソーに向かってロキは楽しそうに言った。そんなロキをソーは一瞥した。
「今、スタークのことを一番理解している人間が頑張っている」
「もしやポッツという女か?それは面白い!」
ロキは楽しそうに笑った。
「どういうことだ?」
その笑いに不穏なものを感じたソーが尋ねると、ロキはニヤニヤしながら言った。
「スタークの頭をのぞかせてもらったよ。あの女に随分と惚れ込んでいるようだな。だからこうしておいた。あの女を殺したらスタークの目が覚めるように…。 それまでは何をやっても無駄だぞ。足元に転がる死体…そして愛する女の血で真っ赤に染まった手を見たら、スタークはどうなるだろうなぁ?生きてはおられま い…。なぁ、兄上?」
不敵な笑みを浮かべ笑うロキにソーは戦慄を覚えつつも
「あの二人に何か起こってみろ…みな、お前のことを赦さないぞ…」
と言うと、トニーの部屋へ向かって走り出した。

ペッパーに拘束を解いてもらったトニーは、ペッパーの肩を抱きよせると、ドアの方へ向かって歩き出した。
「ありがとう、ペッパー…。本当に助かったよ…。君のおかげで…あの忌々しい鎖から解き放たれた…。これで命令が遂行できる…」
「トニー?」
トニーの言葉に異変を感じたペッパーは、トニーの顔を覗き込んだ瞬間、叫び声をあげ腕の中から逃げ出した。トニーの瞳はあの憎悪しかない青く淀んだものになっていた。
「と、トニー…どうして…元に戻ったんじゃないの?」
ゆっくりと後退するペッパー。彼女の恐怖に震える姿に、トニー…いや、トニーの姿をした悪魔は、テーブルの上に置いてあったナイフを手に取り刃先をペロリと舐めると、ニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいた。
「誰もそんなことは言ってない…。お前も殺せとの命令だ。覚悟しろよ」
壁際に追い込まれたペッパーは、動けなかった。こんなトニーはもう見たくない…。このまま元に戻らないなら…いっそのこと…。
ナイフを握りしめたトニーの右手が自分に向かって振り下ろされた瞬間、ペッパーは目をギュッと瞑り祈った。お願いします…私はどうなってもいいから、彼を元に戻して…と。

いつまでたっても訪れない衝撃にペッパーが恐る恐る目を開けると…トニーはナイフを持った右手を左手で必死に押さえつけていた。その瞳はペッパーのよく知るトニーのものだった。
「トニー!」
「ぺ、ぺっぱー…に、逃げろ…」

必死で自分の中の声と格闘するトニー。だが、いくら抵抗しても操られた身体は自由にならず、鋭い刃先はどんどんペッパーに近づいていく。このままではペッパーを傷つけてしまう…。彼女をこの手で傷つけるくらいなら…いっそのこと…。
「私の頭から出て行け!ペッパーを傷つけるくらいなら…こうする!」
そう言うと、ペッパーに向かい今にも振り下ろされそうなナイフを自分に向かって振り下ろした。
「キャー!」
ペッパーが悲鳴をあげるのと同時に、振り下ろされたナイフはトニーの腹部へと刺さり、赤い血がほとばしった。
「うぅ…」
よろけたトニーは、先ほど拘束されていた台へ捕まろうと手を伸ばしたが、その手は空を切り、支えを失ったトニーは、後頭部を台へぶつけ床へ倒れた。
「トニー!」
ペッパーは気を失ったトニーの元へ駆け寄り、腹部から出続ける血を止めようとナイフを抜き傷口を押さえた。
「スターク!ミス・ポッツ!大丈夫か⁈」
そこへ飛び込んできたソー。両手を朱色に染めるペッパーの姿を見て、遅かったか…と目を覆ったソーだが、ペッパーの悲痛な叫びに状況を理解すると、慌てて他のメンバーを呼びに走った。

***

トニーが目を開けると、そこは見慣れた寝室ではなく、白い壁と天井に囲まれた病院だった。
ズキズキと痛む頭と腹部。
何が起こったんだろう…ぼぉっとする頭で必死に思い返そうとするが、いまいち記憶がはっきりとしていない。確か、ロキのあの魔法の杖が触れた瞬間、あいつに身体も心も支配され…そして…ペッパーに向かってナイフを振り下ろそうとした…覚えているのはそれだけだった。
「トニー?目が覚めた?」
気がつくとペッパーが心配そうな顔をして覗き込んでいた。
「あぁ…何とか…」
頭の中の靄を振り払うかのように軽く振ると、ペッパーはホッとした表情を見せた。
「よかった…ちゃんと元に戻ったのね…」
その表情から、操られていた時に酷いことをしたのでは…と不安になったトニー。
「覚えていないんだが…ペッパー…もしや私は君に酷いことを…」
ペッパーはトニーの頬を撫でながらつぶやいた。
「何もしてないわよ。大丈夫。あなたは誰も傷つけてないわ…。」
「だが、君を…」
ナイフで殺そうとしただろ?言葉を濁したトニーに、ペッパーも言いたいことが分かったのだろう。頭を振ると、
「あれはあなたじゃなかったもの…。それに、あなたは命をかけて私を守ってくれたわ…。だから謝ったりしないでね」
と優しく微笑んだ。
「それより、痛むところはない?何か欲しい物があったら言ってね」
「腹は分かるんだが…頭が割れるように痛い…。一体何をしたんだ?」
そうだ。どうやって元に戻ったんだ?痛みに顔をしかめながらトニーが不思議そうに聞くと、ペッパーは言いにくそうに言った。
「あのね…実はね…。みんなの言うところの『記憶を補正した』の…。つまりね…頭を殴ったのよ…。あ、でもね、殴ったのは一回だけよ。それでも元に戻らな かったからどうしようかと思ってたら、あなたが転倒した時に頭を強く打って…。それで戻ったの。打った時に頭を切ったから何針か縫ったんだけど…。痛むな らお医者様を呼ぶわね…」

ペッパーがナースコールで呼び出すのを横目に、トニーは包帯が何重にも巻かれた頭に手を当てた。
あの瞬間…ペッパーにナイフを振り下ろそうとした瞬間、我に返り彼女を傷つけるくらいなら…と自分を刺したが、なぜあの瞬間自分を取り戻せたんだろう…。それまではいくらあがいても、いくら抵抗しても無駄だったのに…。おそらくみんな疑問に思っていることだろうが…。
やはり…ペッパーは私にとって特別な存在だ…。彼女がもしあの時、勇気を振り絞って歩み寄ってくれなければ…今頃…。
眉間に皺を寄せ考えるトニーの表情を痛みのための表情と捉えたペッパーは、
「今、お医者様を呼んだから…。もう少し頑張ってね」
とトニーの額に軽くキスをした。
「ペッパー…」
「何?」
トニーは顔を覗き込んで笑みを浮かべるペッパーを引き寄せると唇にキスを落とした。
「ペッパー、ありがとう。君のおかげで戻って来られたよ…」
不意打ちのキスに顔を真っ赤にするペッパーは何か言おうとしたが、タイミングよく医師が鎮痛剤を持ってやって来た。
手際よく点滴に鎮痛剤を入れるのを見ながら、トニーはまだ赤くなっているペッパーに向かってつぶやいた。
「退院したら、このお礼は身体を張って埋め合わせするからな…」
ペッパーのみならずその場にいた全員が顔を赤らめる中、鎮痛剤が効いてきたトニーは大きな欠伸をして目を閉じた。

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