「Engelsburg」カテゴリーアーカイブ
保護中: Engelsburg⑤
Engelsburg④
その日を境にトニーのペッパーに対する態度が少しずつ変わり始めた。
トニーは食事の後、必ずペッパーと二人きりで話す時間を作るようになった。そこで二人はお互いのことを少しずつ知るようになった。もっとも、ペッパーの方が長く話していたが…。
そんな日々が2か月程続いたある日、事件は起こった。
数日前から出掛けていたトニーは豪雨の中帰宅した。
「トニー様、見つかりましたか?」
「いるにはいたが…気が進まず逃がした…」
「ですが…もう時間が…」
玄関先で話すトニーとジャーヴィスを、ペッパーは廊下の影からそっと覗き見していた。こんなことをすればトニーに怒られるかもしれないが、突然姿を消していたトニーがようやく戻ってきたのだ。一刻も早く会いたかったペッパーはトニーが帰宅したと聞くや否や部屋から飛び出したのだが、出て行くタイミングをすっかり逃していたのだ。
距離があるため2人が何を話しているか分からないが、トニーの顔色は酷く悪い。壁に手を付き歩き始めたトニーだが倒れそうになりジャーヴィスが慌てて支えた。
(トニー様、きっと雨に当たられて風邪を引かれたんだわ!)
そう思うと、居ても立っても居られなかった。
「トニー様!」
突然現れたペッパーに2人はぎょっとして立ち止まった。
ずぶ濡れのトニーの目は血走っており、そして今まで見たことがない程ぎらついていた。それはまるで獲物を仕留める狼のようで、ペッパーは初めて彼を怖いと感じた。
「ペッパー…部屋に戻れ…。今は…お前に…構っている…余裕はない」
息絶え絶えなトニーはペッパーを追い払おうとしたが、今にも死にそうなトニーをペッパーは放っておくことなどできなかった。
「嫌です!トニー様は風邪を引いていらっしゃるんですよ!これ以上酷くなったらどうされるんですか!」
そう言うと、ペッパーはトニーの身体を支えた。これ以上言っても無駄だと思ったのか、それとも言い争う気力すらないのか、トニーも黙ってペッパーの肩に捕まった。
寒さに震える彼にペッパーは毛布で体を包み込み、温かいスープを食べさせ、昼夜付きっきりで看病した。そのおかげか、2日後には少しは元気になったトニーだが、顔色は悪く何より一気に老けこんだように見えた。
「トニー様にもしものことがあったらと思うと…」
泣き出したペッパーをトニーは堪らず抱きしめた。
(彼女以外にはもう無理だ…)
もっと慎重に進めようと思っていたが、時間がなかった。
「トニー様?」
胸元に顔を押し付けられたペッパーは、トニーの心臓が激しく鼓動を打つのを感じ、顔を赤らめた。そして心のどこかでこの後起こるであろうことを期待してしまった。
「今からお前を抱く」
だからそう告げられても、ペッパーは驚くこともなく素直に頷いた。
「はい、トニー様…。全てトニー様のお望み通りに…」
→⑤へ… ここからは一部R-18の内容も含みますので、パスワードが必要です。
Engelsburg③
ペッパーが城に来て1週間が過ぎた。
食事を共にすること以外、トニーはペッパーに何かを強要することはなかった。それどころか食事以外の時間、ペッパーはトニーの姿を見ることはなかったのだ。
そこで、暇を持て余したペッパーは初めに言われた『この城の中では自由にしろ』という言葉に甘えて、城内を探索し始めた。
城には大勢の使用人がいたが、皆とても親切で幸せそうだった。明るく優しいペッパーはすぐに皆と打ち解け、可愛がられるようになった。
たが、彼女が何より嬉しかったのは城には大きな図書室があったことだ。
本の好きな彼女は、今まで読みたくても手が出なかった沢山の本が目の前にあることに驚き、喜びを隠せなかった。夕食時にそのことをトニーに告げると、彼は
「もしここにない本で欲しいものがあれば言え。すぐに取り寄せさせる」
と言い、ペッパーをますます喜ばせた。
1ヶ月もすると城での生活にもすっかり慣れたペッパーだが、相変わらずトニーとは食事の時以外はほとんど顔を合わせない日々が続いた。
折角知り合ったのだから何とか距離を縮めたいと考えたペッパーは、ある日厨房へ向かうと料理人に尋ねた。
「トニー様のお好きな料理を教えて下さい」
その夜、夕食の時間となりダイニングへ向かったトニーだが、いつもは沢山の料理の並ぶテーブルの上には何も用意されていないではないか。
「おい!夕食はまだか!」
苛立ったように足を踏み鳴らし文句を叫ぼうとしたトニーだが、ドアからペッパーが顔を覗かせると口を噤んだ。ペッパーも苛立っているトニーに気付いてはいた。もしかしたら勝手なことをするなと雷を落とされるかもしれない。だが、きっと彼は楽しんでくれるという妙な確信も持っていた。
「トニー様、今日は別の場所で食べられませんか?」
ニッコリと笑ったペッパーはトニーの手を取ると歩き出した。彼女に引っ張られるように歩くトニーだが、彼は髪を上げたペッパーの白く美しいうなじから目が離せなかった。ごくりと唾を飲み込んだトニーは気持ちを誤魔化すかのように、ペッパーの手を握り返した。
「トニー様、今日はこちらで召し上がって下さい」
連れてこられたのは城でも一番眺めの良いバルコニーだった。月明かりと蝋燭の揺れるテーブルには、パンとワイン、そしてシチューが並べられていた。
「いきなりどうした?」
今日は何かあっただろうかと頭を捻らせたトニーだが、頭脳明晰な彼でもこのディナーの理由は分からなかった。
珍しく呆けた顔をしているトニーを椅子に座らせると、ペッパーは彼のグラスにワインを注いだ。
「今日の夕食、私が作ってみたんです…。トニー様のお好きな料理だと伺いました。お口に合えばよろしいんですが…」
ペッパーの不安げな視線を感じたトニーはシチューを口に運んだ。途端に彼は何とも言えない幸福感に包まれた。それはどんな料理を食べても感じたことのない極上の味だった。
特別なものが入っている訳ではなさそうだ。だが彼女の作った料理には確かに入っていた。自分を想う彼女の心が…。
「…美味い」
そう言うとトニーは次々とスプーンを口に運び出した。いつもに増して食欲旺盛な彼に、料理を気に入ってもらえたとペッパーは胸をなでおろした。
「本当ですか?!では、これからは私も時々作りますね」
ふふっと嬉しそうに笑ったペッパーをトニーは眩しそうに見つめた。
***
普段なら夕食を済ませると部屋に戻ってしまうトニーだが、今日はなかなか腰を上げようとしない。
黙って自分の話を聞いているトニーに、これはもっとお互いのことを知るチャンスかもしれないとペッパーは感じた。
「トニー様、お聞きしてもよろしいですか?」
「何だ?答えることのできる質問には答えてやる」
眉を吊り上げたトニーにペッパーはどこまで突っ込んで聞いていいものか迷ったが、まずはこの城に来てずっと疑問に思っていることを聞いてみることにした。
「トニー様にはご家族はいらっしゃらないのですか?」
一瞬顔を強張らせたトニーだが、すぐにいつもの仏頂面を作った。
「…死んだ。父と母は私が生まれてすぐに死んだ」
その言葉にペッパーは息をのんだ。それは自分と同じだったから…。偶然出会った彼が自分と同じように両親を幼い頃に亡くしていたとは知らなかった。だが彼は正直に教えてくれたのだ。それなら自分も話すべきだと思ったペッパーは、視線を伏せるとテーブルの上に置いた自分の手をもてあそび始めた。
「…私もです。私の父と母も死にました。私が2つの時にですから、もう15年も前の話ですけど。私も父と母のことを覚えていません。それからずっと一人で生きてきました」
これに驚いたのはトニーも同じだった。偶然出会った女性がまさか自分と似た境遇だったとは…。同じ境遇だったからこそ、お互いに引かれあう何かがあったのかもしれない。
沈黙が二人の周りを包み込んだ。
どう声を掛けていいのか分からない。気の利いたことでも言えばいいのだろうが、こういう時何と言えばいいのかトニーは知らなかった。だがトニーは気が付いた。こういう時は、心に思い浮かんだ言葉を素直に口にすればいいのだと…。
「…そうか…」
ポツリと呟いたトニーは、テーブルの上のペッパーの手を思わず握りしめた。
「ペッパー、お前はもう1人ぼっちではない。私がいる」
いつになく真剣な声にペッパーは顔を上げた。そればかりか、じっと自分を見つめている双眸は熱っぽく、ペッパーは思わず頬を赤らめた。
「私だけではない。ジャーヴィスも、それにこの城にいる皆がお前の家族だ。それではダメか?」
まさか彼がそう思っていてくれているなんて…。
「いいえ、トニー様。私のことを家族と思って頂いているなんて…。嬉しいです」
その瞬間、ペッパーの目からは涙が零れ始めた。突然泣きだしたペッパーにトニーは戸惑った。というのも、彼自身は生まれてから一度も涙を流したことがなかったのだ。いや、トニーは怒ることはあっても、心の底から笑ったり泣いたり感情を露にしたことはなかったのだ。それ故に、なぜ彼女が突然泣き出したのか検討も付かなかった。
「なぜ泣くんだ?!」
立ち上がったトニーは慌ててペッパーの元に駆け寄った。
「私…家族と言って頂いたのは初めてで…」
そう言うとペッパーは声を上げて再び泣き始めた。
涙を流す彼女の姿をどうしようもない程愛おしく感じたトニーは、黙って彼女の身体を抱きしめた。
→④へ…
Engelsburg②
「ん…」
目を覚ましたヴァージニアは、眩い光に何度か瞬きした。そして光の差し込む柔らかなベッドの上にいることに気づいた彼女は飛び上がった。
「ここ…どこ?!」
飛び起きたヴァージニアは辺りをキョロキョロと見渡した。自分の家より広い部屋は豪勢な家具が置かれており、ヴァージニア自身も古びた服ではなく上等なシルクのナイトウェアを着ている。
ベッドの下にはフカフカの履物が置かれ、足を通した彼女は興味本位から部屋を歩き回った。部屋の隅には大きな箪笥があり、中には見たこともないような豪勢なドレスが陳列してある。その横のチェストには、靴や鞄が山のように置かれ、引き出しには煌びやかな宝石も大量にあり、ここはきっと夢の国ね…と、ヴァージニアは乱暴に頭を振った。
そこへ
「お目覚めですか?」
と言う優しげな声が聞こえた。振り返ると、ドアから一人の男性が銀色のトレーを抱え入って来た。
「朝食をご用意いたしました。主人もじきに参ります」
何がどうなっているのか状況がさっぱり分からずボンヤリとしているヴァージニアを椅子に座らせた男性は、目の前のテーブルに次々と朝食をセッティングしていく。
焼きたてのパン、搾りたてのジュース、香り高いお茶、みずみずしいフルーツ…。中には初めて目にするような料理もあり、芳しい香りにそそられたヴァージニアの腹が盛大に音を立てた。
(や、やだ…恥ずかしい…)
真っ赤になったヴァージニアは顔を隠してしまったが、それに気づかないふりをした男性は優しげな笑みを浮かべた。
「それより気分は悪くないでしょうか?木から落ちて頭を打たれていましたが、幸いにも異常はありませんでした。こんなことは初めてです。トニー様が自ら女性を介抱されるなんて…」
何事か一人で呟いている男性の口から聞き覚えのない名前が聞こえ、ヴァージニアは顔を上げた。
「トニー様って…」
あぁ、紹介がまだでしたねと呟いた男性は
「申し遅れました。私はエドウィン・ジャーヴィスです。ここの城主でいらっしゃるアンソニー・エドワード・スターク様、トニー様の執事をしております」
と頭を下げた。
『城』と聞いたペッパーの脳裏に浮かんだのは、あの呪われた城の噂。
「城ってまさか…悪魔の住む城?!」
思いっきり立ち上がったせいで、猫脚の椅子が見事にひっくり返ったが、ヴァージニアは気付いていない。
「そうです。正式な名称もありますが、あなた方の間ではその名称での方が有名でしょうね」
椅子を起こしたジャーヴィスは楽しそうに笑っている。
だがヴァージニアはそれどころではなかった。確かに森の奥をうろついていたのは自分だが、この城に来たかった訳ではない。きっとその『トニー様』と言われる方は人を食らう恐ろしい老人で、こうやって美味い料理を食べさせ太らせた後、私も食べられてしまうにちがいない…。そう考えたヴァージニアは血相を変えた。
「私、帰らなきゃ!」
後ずさりしたヴァージニアはそのまま部屋から逃げ出そうとしたが、誰かに手首を思いっきり握られた。
「あの森は我が領地。その領地で拾ったものは全て私のもの。だからお前は私のものだ。私が許すまではこの城から出ることを禁じる」
手首の痛みとそして低音の声に振り返ると、20代前半だろうか、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた若者が背後に立っていた。
ジャーヴィスが一礼したところを見ると、この若者が『トニー様』なのだろう。
想像していたより若く、そして魅力的な瞳をした若者に、ヴァージニアは知らず知らずのうちに胸をときめかせた。
ヴァージニアの全身を舐めるように見つめたトニーは、手を離すと彼女の首元に指を滑らせた。
「お前はこの城では自由に振る舞ってよい。だが、私が命じた時は必ず言う通りにしろ。そうすれば悪いようにはしない」
恐怖のあまり黙ったままのヴァージニアに向かい少しだけ口の端を上げたトニーは、彼女の首に何かを取り付けた。
「逃げようなんて思うな。逃げればその首輪がお前のか細い首を締め付ける」
感情のない声と瞳にヴァージニアは震えあがったが、どうすることも出来そうにない。このまま大人しく従っていれば悪いようにはならないだろう。
それにヴァージニアには忘れられないことがあった。
それは木から落ちた自分を助けてくれたこと、必死に馬を走らせこの城へ連れてきてくれたこと、安心させるようにぎゅっと抱きしめてくれたこと…。
(この方はもしかしたら本当はとても優しい方なのかもしれない)
目の前の若者からは何の感情も読み取れなかったが、ヴァージニアは自分の直感にかけてみることにした。
ゴクっと唾を飲み込んだヴァージニアは、トニーに向かい頭を下げた。
「分かりました、トニー様。全て仰せの通りにいたします」
満足げに頷いたトニーは、ヴァージニアの顎を持ち上げた。
彼女の瞳には嘘偽りはなく、透き通ったオーシャンブルーの瞳にトニーは今すぐにでも食らいつきたい思いを必死で閉じ込めた。
「名は何という?」
「ヴァージニアです」
ふんっと鼻を鳴らしたトニーはじっとヴァージニアを見つめていたが、
「今日からお前は『ペッパー』だ。ここではその名を名乗れ」
と告げると、彼女と共に朝食を取ろうと席に着いた。
→③へ…