Once again…(ネダばれあり)

気がつけばトニーは真っ白な空間の中にいた。
一体ここはどこなんだ。
自分は死んだのだから、ここが所謂天国なのだろうか…。
だが、見渡してもただの真っ白な空間が広がっているだけなのだから、トニーはこれからどうすればいいのかと頭を捻った。

すると背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「スターク……」
振り返ると、ナターシャ・ロマノフがいた。
彼女は自分より先に死んだのだから、やはりここは天国なのかと、トニーは眉を吊り上げた。
「ロマノフ。ここは…」
それでも一応尋ねてみると、ナターシャは肩を竦めた。
「分かってるでしょ?あっち側の世界への入り口よ」
死んだらすぐに天国に行くのかと思っていたのに、こんな前室があるのかとトニーは目をくるりと回したが、ナターシャがいなければどうしていいのか分からなかったので、とりあえず感謝してみることにした。
「ロマノフくん、君がいてくれてよかったと言うべきか?」
するとナターシャは悲しそうに微笑んだ。そしてくるりと向きを変えると歩き始めた。
「何処へ行く?」
「あの扉の向こうよ」
慌てて後を追いかけたトニーは、ナターシャと肩を並べ歩き始めた。

歩き始めたのはいいが、見えているはずの扉になかなか辿り着かない。
「後悔してる?」
ナターシャは尋ねた。あの扉には、現世に後悔があると辿り着けないのだから…。
「ペッパーとモーガンの未来を守れた…。後悔なんか……」
と、トニーが立ち止まった。
「嘘だ。後悔というよりも、心残りだらけだ。死にたくなかったさ。当たり前だろ?出来ることなら…死にたくなかった。だが…私がやるしかなかった。5年前から決められていた運命だったんだ。だから仕方ない…」
そう言ったトニーだが、彼の周りに雨が降り始めた。
「こんな所でも雨が降るのか?」
トニーは天を見上げた。雨は自分にだけ降り注いでいる。不思議なことがあるものだとトニーが唸ると、ナターシャは小さく首を振った。
「雨じゃないわ…。あなたの死を悲しんでいる…大切な人の涙よ…」
雨は止む気配がない。むしろどんどん強くなっていく。
「傘はないのか?」
ずぶ濡れになったトニーに、ナターシャは足元を指差した。
「スターク、下を見て…」
トニーが視線を下に向けると、ペッパーの姿が見えた。

『私たちは大丈夫…』
気丈にもそう言っていたペッパーだが、冷たくなったトニーの遺体に縋り付いて泣き続けている。
仲間が遺体を運ぶ時も、ペッパーは手を握りしめ、ずっと泣いていた。
家の近くの教会にトニーの遺体は運び込まれた。アーマーを脱がす時も、ペッパーは自らの手ですると、仲間の手伝いを断っていた。丁寧にアーマーを脱がしたペッパーは、また泣いた。

ペッパーが家に帰ると、ハッピーと留守番していたモーガンが飛び出してきた。
ハッピーは泣いていた。大きな身体を縮こませて、声を押し殺して泣いていた。
「パパは?」
母親は帰ってきたのに父親の姿はない。
キョロキョロと辺りを探すモーガンを、ペッパーは抱きしめた。
「パパは…パパは……もうお家には…帰ってこないのよ…」
涙を堪え必死に声を振り絞る母親に、モーガンは何度か瞬きをした。
「どうして?」
「パパはね……お空のお星様になったの…。だから……」
ペッパーは泣いた。娘を抱きしめて泣いた。泣きじゃくる母親。モーガンは気づいた。父親は本当に二度と帰ってこないのだと…。それは…。
「パパ……しんじゃったの?」
ポツリと呟いたモーガンは、唇を噛み締めた。
「いや!パパがいないと…いや!」
モーガンは泣いた。声を上げて泣いた。母親の身体をポカポカと叩きながら泣いた。娘の涙にペッパーももうどうしようもないほどの悲しみに襲われ、母と娘は抱き合って泣き続けた。

泣き疲れた娘を寝かせたペッパーは、寝室で棺に入れるものを集め始めた。
トニーに着せるために、彼のお気に入りのスーツとネクタイを用意した。
家族で撮った写真、結婚式の写真、モーガンが生まれた時の写真…。
一つ一つを手に取り、ペッパーは泣き続けた。

教会に戻ったペッパーは、誰の手も借りたくないと、トニーに時間をかけて服を着せた。
そしてトニーの手を握りしめた。
「トニー…ゆっくり休んで…。もう何も苦しむことはないわ…。あなたはもう、何も心配しなくていいの…。大丈夫…私は大丈夫だから……。だから安心して……。私には、あなたにもらったものが…たくさんあるから……。モーガンもいる……。だからゆっくり休んで……」
泣きながら、それでも笑顔でトニーに話しかけていたペッパーだったが、首を振った。
「でも……やっぱり無理……。あなたなしで……私…。トニー…………」
ペッパーは泣き続けた。

が、ペッパーは葬儀では気丈に振る舞った。
涙を見せなかった。泣き腫らした真っ赤な目をしているのに、笑顔で夫を送り出そうとするペッパーの姿に誰もが涙した。

家に帰ったペッパーは、トニーが残した最後のメッセージを、モーガンとハッピーたちと見た。2人から小さな涙が零れ落ちた。

その夜、モーガンは父親を探して泣いた。
ペッパーは娘を抱きしめ続けた。

次の日、ペッパーは娘の前では泣かなかった。
が、モーガンはトニーが作ったブランコに座ったまま動かなかった。ラボから探し出したアイアンマンのヘルメットを、彼女はずっと持ち歩いた。眠る時も父親の代わりに抱きしめて眠った。

ペッパーも夜一人になると、トニーのTシャツを着て、彼の枕を抱きしめ、泣きながら眠りについた。が、彼女は眠ることができなかった…。

「ハニー…」
トニーの周りの雨がまた強くなった。
ペッパーとモーガンに会いたかった。
無理だと分かっているが、最後に抱きしめ別れを告げたかった。
だが、そんなことはもう永遠に無理なのだ…。
トニーは泣いた。
妻と娘が悲しむ姿に、トニーは泣いた。
「戻りたい?」
トニーの肩に手を置いたナターシャがそっと呼びかけた。
「あぁ……」
涙を拭ったトニーは、小さく首を振った。
「だが、無理だ…。それに…大丈夫さ…。いつか雨は止むもんだ…。必ず止む…。ペッパーも…いつか乗り越えてくれる…」
頬を軽く叩いたトニーは立ち上がった。
「さぁ、行こう…」
歩き出したトニーだが、ナターシャがトニーの腕を掴んだ。
「やっぱりあなたはまだあっちの世界に行くべきではない。あなたにはまだやり残したことがあるじゃないの」
「は?」
一体どういうことなのかと、トニーは眉をひそめた。
「行くのは私たちのどちらか一人…」
トニーは気づいた。この部屋は、自分たちどちらが死ぬか選択するための部屋なのだと…。そしてナターシャは、自らその道を選ぼうとしていると…。
「おい、ロマノフ…」
トニーはナターシャの手を掴んだ。が、彼女はその手を振り払った。
「トニー、ありがとう。それから、クリントに伝えて…。これは私が選んだ道。だから悔やまないでって。私は後悔なんかしてないんだからって…。一生背負うなんて馬鹿なこと考えるなって。家族を幸せにしなさいって…」
そう言うと、ナターシャは振り返りもせず、目の前に現れた扉の向こうへ消えていった。
「おい!ロマノフ!待て!」
慌てて追いかけたトニーだったが、彼の目の前で扉は消えてしまった。

残されたトニーは途方に暮れた。
一体どうすればいいのかと…。

すると、足元に穴が開き始めた。
慌てて逃げようとしたトニーだが、彼は穴の中に落ちた。
が、誰かが手を掴んでくれた。それは…。
「ストレンジ?!」
ストレンジはご丁寧にもウインクをすると、光の中へトニーを引っ張った。

***

トニーが飛び起きると、そこはストレンジの家だった。
トニーは何が起こったのかと、自分の姿を見渡した。葬儀の時に着せられていたスーツは、所々穴が空いており、何よりカビ臭い。
すると、ストレンジとウォンがひょっこり顔を覗かせた。
「私は…生きてるのか?」
大丈夫かというように、目の前で手をヒラヒラさせているストレンジに、トニーは尋ねた。
「2ヶ月の間、本当に死んでいたが、今は生きている」
死者が生き返るなんて、まるで映画の世界だが、現実に自分の身に起きたのだから、トニーは混乱している頭を落ち着かせようと、深呼吸をした。トニーが落ち着きを取り戻したのを確認すると、ストレンジは話し始めた。
「お前はあの時、確かに死んだ。ストーンのパワーにお前は耐えきれなかった。お前が墓に埋葬されるのも、私は見届けたから確かだ。だが、昨夜、ナターシャ・ロマノフが現れた。もちろん、彼女も死んでいるが…。彼女はストーンと取引をしたと言い出した。昨日は、スティーブ・ロジャースがストーンを戻しに過去へ向かったんだが、ストーンがあるべき場所に戻ったことで、彼女はソウル・ストーンに生き返らせてやると言われたらしい。だが、彼女は断った。その代わり、お前を生き返らせるように頼んだと…。そう告げると、ナターシャ・ロマノフは消えてしまった。そこで私とウォンは、お前の墓に急いで向かい、墓を掘り返した。2ヶ月前に埋葬したのに、お前の身体は生前と何も変わりがなかった。だが、お前は息をしていなかった。先程の話は本当だろうかと、半信半疑でお前に触れると、お前は息を吹き返した。いきなり家に帰しても、お前も家族は混乱するだろう。だからここへ連れてきた」

ストレンジの話を聞き終わったトニーは、
「そうだったのか…」
とポツリと呟くと、改めて全身を見た。
相変わらずカビ臭い。それに火傷で酷い有様の右手は動かない。左手で右の顔を触れると焼けただれた痕があり、耳は形を失っていた。
「それも治してやろう」
ストレンジがトニーに向かって何やら唱えると、みるみるうちに火傷の痕は治り、右手も動くようになった。
「ありがとう、ストレンジ」
素直に礼を言ったトニーに、ストレンジは首を振った。
「お前をあの状況に追い込んだのは私だ。だからお前の2度目の人生は私が責任を持って始めさせてやる」
ストレンジの刺々しい言い方も、今のトニーには懐かしくて堪らなかった。

「先にお前の妻に話をしてきてやる」
そう言うと、ストレンジはポータルを開いた。トニーが向こう側を覗き込むと、そこは湖畔の家だった。
突然現れたストレンジに、庭で花に水をやっていたペッパーは驚き、彼に向かって思いっきり水を掛けてしまった。が、魔法使いは一滴も濡れていなかった。
謝り続けるペッパーを制したストレンジは、彼女に話をした。
ペッパーが目を見開いた。そして口元を覆うと、ポロポロと大粒の涙を流し始めた。ストレンジがペッパーの背中をさすった。すると、頷いた彼女は家に向かって叫んだ。
「モーガン……モーガン!!早く…早く来て!!」
悲鳴のような母親の声に、モーガンが家から飛び出してきた。モーガンは不思議そうに母親を見上げた。母親は笑いながら泣いていたから…。
「ママ?」
腰を下ろしたペッパーは、娘を抱きしめると、何事か話した。するとモーガンは飛び上がった。

ストレンジが振り返った。そしてトニーに向かって手招きした。
が、トニーは動けなかった。
怖かった。いきなり2ヶ月ぶりに生き返った自分に、妻と娘がどう反応するかが怖かった。
「行け、スターク」
ウォンが背中を押した。
「大丈夫さ。だから怖がらずに行け」
ウォンに後押しされたトニーはポータルをくぐった。

トニーの姿を見たペッパーが顔を歪めた。声を上げて泣き始めた。そして走り始めた。
トニーも走った。泣きながら両手を広げたトニーの腕の中にペッパーは飛び込んだ。
「トニー……トニー……」
泣き続ける妻をトニーは抱きしめた。

ペッパーの温もりが伝わってきた。
帰ってきた…帰ってこれた…。
奇跡が起こった……。

死んだはずの父親が生き返ったと言われ、信じられなかったモーガンだが、母親と抱き合い泣いているのは、父親に間違いなかった。
「パパ!!!」
モーガンは走った。一度転んでしまったが、立ち上がるとまた走り始めた。
そしてトニーの足にしがみつくと、泣き始めた。

3人は泣いた。
硬く抱き合ったまま泣いた。
その場に座り込んで泣き続けた。

トニーはペッパーとモーガンを抱きしめた。そして2人の頬にキスをした。

トニーの唇は温かかった。
トニーの身体は温かかった。
トニーは生きている…。
奇跡が起こり、彼は戻ってきてくれた…。

トニーがペッパーの頬に手を当てた。そしてペッパーの愛するあの琥珀色の煌めく瞳でじっと見つめた。
「3000回愛してる…」

トニーの言葉…そして温もり…。
もう二度と戻らないと思っていたのに、全てが元に戻った…。
それは、私たち家族が今度こそ幸せに生きていっていいということ…。

「私も3000回愛してるわ…」
ニッコリ微笑んだペッパーは、トニーの頬を掴むとありったけの思いを込めてキスをした。

3 人がいいねと言っています。

Once again…(ネダばれあり)」への2件のフィードバック

  1. 関係ない話題ですみません^^;
    最近Ariana Grandeをよく聞くのですが、
    needy、ghostin 歌詞がもうやばくて……
    彼女の亡くなった元彼さんへの曲なのでしょうが、エンドゲームを見てからは、ついトニペパを当てはめてしまうのです……
    ふみさんの小説、本当に心の支えになってます。いつもありがとうございます(⸝⸝o̴̶̷᷄ o̴̶̷̥᷅⸝⸝)

  2. りんさん
    その曲、私も聞きますけど、トニペパですよね…( ノД`)
    少しでもEGなかったことになるようなお話、書きますね!

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